こざわたまこ『教室のゴルディロックスゾーン』最初の1篇(+α)まるごとためし読み!
「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビューしたこざわたまこさん。新刊の『教室のゴルディロックスゾーン』は、中学生の心を繊細に描いた連作短篇小説です。
学校が自分の生きる世界のすべてだったあの頃、「居場所」がないと感じ、人知れず孤独と闘ったことがある方はもちろん、教室という場所で息苦しさを感じたことがあるすべての方に届けたい作品となっています。
今回は特別に、全6篇のうち最初の1篇をまるごと、そして2篇目の途中までご覧いただけます! ぜひお読みください。
胡蝶は宇宙人の夢を見る
20XX年、平穏な日常は終わりを告げた。
突如人類の前に姿を現した、地球外生命体からの宣戦布告。
それは人類にとって、一方的な侵略の通告に他ならなかった。
以来、人類のほとんどが生まれ育った惑星を追われ、宇宙の僻地で厳しい生活を強いられている。
私は地球に取り残された数少ない生き残りの一人として、故郷を取り戻すために宇宙人と戦うことを決意した。
互いの存亡をかけた苛烈な生存競争が、今、始まる──。
銀色の銃口から飛び出したレーザービームが、ゲル状の敵の体を撃ち抜いた。宇宙人殲滅のために開発された特殊な光線銃は、彼らの心臓部──私達は核と呼んでいる──を的確に破壊する。
次の瞬間、撃ち落とされた宇宙人がぎゃわわわわわ、と壊れたシンセサイザーのような叫び声を上げて地面をのたうち回った。宇宙人の感情なんて知る由もないけど、それが彼らの断末魔であることは私にもわかる。
『いいぞ、依子!』
少し遅れて、トトの声が頭に響いた。私達はテレパシー能力によってお互いの心に直接語りかけることができる。
その直後、地面にへばりついた宇宙人が突然、苦しみに耐えきれなくなったかのようにその体を爆発させた。ミッション完了だ。辺りに散らばった宇宙人の肉片から、もくもくとドライアイスのような煙が上がる。
『よくやった。少し休んでいてくれ』
トトはそう言って、宇宙人の残骸をキットで回収し始めた。このサンプルはしかるべき手順を踏んだ後に、解析班に回されることになっている。
『お手柄だな』
その言葉に、私は以前の癖でトトの頭に腕をのばしかけた。しかし、虚しさに駆られてすぐにその手を引っ込める。トトの体に、生き物としての温もりはもうない。改造手術を経て、体の九割以上が機械化されたためだ。
トトは人類史上初めて実用化に成功した犬型の対宇宙人殲滅兵器だ。見た目はただの犬だけど、高性能のAIの他、その体内にはありとあらゆる殺戮兵器が仕込まれている。すべては、憎き宇宙人を殲滅するために。
『……? どうした、怪我でもしてるのか?』
「なんでもないわ。気にしないで」
『依子、君は──』
何か言いかけたトトが、表情を変えた。トトの視線の先で、無数の肉片がアメーバのように動き回りながら一ヶ所に集まり、互いに互いを吸収しながら、すさまじいスピードでかつての肉体を取り戻していく。気がつけば、そこら中で同じ現象が起こっていた。まずい、とトトが眉間に皺を寄せる。
『さっきのは、ダミーだ。こいつら、どこかに本当の核を隠し持ってる! そいつを破壊しない限り、永遠に再生を繰り返すぞ』
トトの声に、慌てて銃を構え直す。しかし、なかなかレーザーが発射されない。エネルギー切れだ。次の充填までは、六秒。ほんの数メートル先では、たった今復活を果たした宇宙人が攻撃を放とうとしているところだった。
まさか、こんなところで。
死を覚悟して目を瞑りかけたその瞬間、背中に、どん、という衝撃を感じた。勢いあまって地面に転がる。気がつくと、さっきまで私達がいた場所は、宇宙人からの攻撃でえぐれていた。トトだ。トトの助けがなければ、私は今頃命を落としていただろう。
助かったわ、ありがとう。トトを振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「トト……?」
トトが、地面に倒れていた。しかも、上半身に大きな損傷がある。
「噓でしょ。冗談はやめて」
体をゆすってみたものの、トトはぴくりとも動かない。すでに、何十という数の宇宙人に取り囲まれていた。でも、私には目の前のトトを救うことの方が重要だった。
「嫌だ、トト。私を置いて行かないで。一人にしないで。トトがいなくなったら私──」
その時だった。トトの体が、突然白い光に包まれ始めた。異変を察知した宇宙人達の動きが止まる。次の瞬間、何者かの力によって私の体は宙に投げ出された。すさまじい跳躍力だ。軽々と宇宙人の包囲網を抜け、地面に着地する。
『あきらめるな、依子。君が死んだら、誰が地球を救うんだ』
誰かがそう言って、エネルギー充填の終わったレーザー銃を私に向かって差し出した。聞き覚えのある声に、恐る恐る顔を上げる。これは夢だろうか。それとも、さっきのが夢だったんだろうか。
『緊急生命維持装置が発動したんだ。助かったよ』
機械化された体も、そう悪くないだろう? そう言って、トトがにやりと笑った。
『君を置いて、わたしが死ぬわけないだろう』
「びっくりさせないでよ!」
感動の再会を喜ぶ暇もなく、すでに背後には宇宙人が迫っていた。捕まえた獲物をいたぶるように、じりじりとこちらに近づいてくる。
『正面の敵は、わたしにまかせろ』
トトはそう言って、余裕たっぷりにウインクしてみせた。言うじゃない、と笑いながら、私は振り向きざま、背後の敵にレーザービームを撃ち込んだ。さらに敵の攻撃をかわして、もう一発。
***
『教室のゴルディロックスゾーン』
こざわたまこ
こざわたまこ
1986年福島県生まれ。専修大学文学部卒。2012年「僕の災い」で「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。その他の著書に『仕事は2番』『君には、言えない』(文庫化にあたり『君に言えなかったこと』から改題)がある。