週末は書店へ行こう! 目利き書店員のブックガイド vol.181 梅田 蔦屋書店 永山裕美さん
- 書店員さん おすすめ本コラム
- 上坂あゆ美
- 向坂くじら
- 地球と書いて〈ほし〉って読むな
- 夫婦間における愛の適温
- 小学館文庫
- 手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)
- 書店員コラム
- 永山裕美
- 目利き書店員のブックガイド
- 穂村弘
『地球と書いて〈ほし〉って読むな』
上坂あゆ美
文藝春秋
お父さんお元気ですかフィリピンの女の乳首は何色ですか
上坂あゆ美という歌人の名前をはじめて目にしたのはこの短歌だった。
どうも父親は離婚して、養育費も払わず、子どものお年玉貯金を全部持って、フィリピンに移住したらしい。この「フィリピンの女の乳首」という即物的な描写に、ぎょっとしたことを覚えている。
そして、上坂さんのエッセイをはじめて読んだのはこの本にも収録されている「無害老人計画」という一編だった。大きな話題になった、第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』の著者によるエッセイということで、軽い気持ちで読み始めたら、手練れのエッセイストのようで、眼をみはった。異様にうますぎないか、と思ったのだ。起承転結のあるしっかりとした構成、第一歌集とリンクした絶妙なタイトル、エッセイの内容にぴったりとあった文末の短歌、読者へのサービス精神。そして、そんなに完成されているのにも関わらず、普通の人が言わなそうな、本当に著者が思っているのだろう、という細部が深く印象に残った。
なので、エッセイ集が出ると聞いて、とても楽しみにしていた。絶対面白いに違いないと思っていたが、まず冒頭から、ノックアウトされた。
上坂さんの小学生の頃のことだ。他愛もない同級生の嘘を暴いた時に、真実の美しさに圧倒され、真実至上主義になってしまった上坂さん。「正しいかもしれないけど言わんでもいいこと」を言いまくり、真実を追い求めすぎて、人間関係でトラブルを起こしてきたことについて、ユーモラスな筆致で描いている。真実を愛でたいだけなのに、相手をズタズタに切り裂いていることがわかり、「私の両手、刃物だったんだ」と自分の両手がシザーハンズであることに気付く、愕然とした様子に、そりゃあそうだろうと笑えてくる。
どこまでも突き進む、ほんとうのことを追い求める、この率直さ、無邪気さがすごい。ほかにおそらく、やりようがあるだろうと思ってしまうような、不器用で極端な生き方と、起こったことを客観的に冷静に見つめる「私」の在り方。このアンバランスさのギャップに惹きつけられる。
これはそんな上坂さんと、彼女の強烈な家族についてのエッセイ集だ。
冒頭の短歌にも出てきたが、自分の欲望に忠実で、5歳の甥っ子よりも子供だといわれる父親。浮気とギャンブルばかりのクズだが、悪口などはあまり言わず、コミュニケーション能力が高く、社交的。そんな父の「シェフの気まぐれサラダよりも気まぐれな愛情を向けられて育った」とあるが、この父についての話はどれもえっ!と驚くようなものが多く、なんだか変な愛嬌がある。
モテまくる父が付き合ったことのない女の名前、ということで付けられたという、あゆ美という名前の由来。地元で顔が広く、多くの人に慕われているが、知らない人のアバラを折る、海賊のような母。ヤンキーで、問題ばかり起こすが、沼津のアリアナ・グランデといわれ、周囲に常に愛される姉。どのエピソードも破壊力満載だ。家族以外にも、母親の彼氏、学生時代の友人、バイト先の同僚など、本書には、「私」を取り巻く、濃い人間たちが描かれている。
そして、重たい出来事が書かれたエッセイも暗くなく、不思議に明るいのは何故だろう。
家族から離れて、昔の自分や家族を見つめるフラットな視線からは恨みのような感情は感じられない。
わたしにはわたしの呪いのある日々の遠くでひかる裸の言葉
それは上坂さんが自分を苦しめる、自分にかかった呪いとしっかり向き合ってきたからだと私には思える。そして、そのうえで、彼女が未来をみつめているからではないだろうか。
以前、真実を求めて人を傷つけていたという著者は、老後「かっこいいわたしになる」ことを誓い、大人になってディズニーランドを楽しみ、「まだまだ、本当のことをもっと知りたい」という。この世界で、絶対に生き抜いてやるという力強さと、健やかさに圧倒される。そして、この闘う人をいつまでも見ていたい気持ちになる。
愛はある/ないの二つに分けられず地球と書いて〈ほし〉って読むな
愛はあるのかないのか。ただそこには、母に暴力を振るっていた父が、かつて夜中に作ってくれた目玉焼き丼のようなもの、そういったものが、この〈ほし〉に確かに存在した。それは間違いのないことのように思われる。
あわせて読みたい本
『夫婦間における愛の適温』
向坂くじら
百万年書房
こちらは詩人・向坂くじらさんが身辺のことや、夫への愛を語ったエッセイ集。詩人らしく、というと語弊があるが、言葉や状況を厳密に考え続ける様子が面白い。
これを読んだ時、結婚後、こんなにパートナーの他者性を尊重出来る人がいるのかと驚いた。なんなら、私にとって、結婚は身内に属するものとして、他者をぞんざいに扱える権利という側面を強く感じており、己をかえりみて、本当に反省させられた。こんなに他者である人間を大事に出来るなんて、もはやこれはものすごい偉業なのではあるまいか、と読む度に感心してしまうが、こんなふうに扱われる夫は実際どんな気持ちなのだろう。きっと、夫が思う愛の適温とは少しずれていたりするのだろうな、と微笑ましく思ったりもする。
おすすめの小学館文庫
『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』
穂村 弘
小学館文庫
これは好きな人と嫌いな人がフォッサマグナのように、はっきりと分かれる歌集だと思う。ただ、苦手な人も嫌いな人も、主人公「まみ」の鮮烈な魅力に抗える人は少ないはず。心をきゅっと掴まれるような、くせになる「まみ」の言葉と、「まみ」にはこれ以外もう考えられないタカノ綾さんのイラストが、最強タッグを組んだ無敵のコラボ歌集。
この眩しい光を放つ「まみ」にもう一度会いたい。そんな人は、この「まみ」のモデルとしても知られる雪舟えまさんの最初期作品集『地球の恋人たちの朝食』も併せてぜひ。
永山裕美(ながやま・ひろみ)
大体、何でも読みます。本当は残りの人生、本だけ読んでいたいと思う今日この頃。