アジア9都市アンソロジー『絶縁』ができるまで⑥
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前回、「絶縁」アンソロジーに参加する9名を紹介しました。ようやくここまできました。あとは原稿を待つだけ、めでたしめでたし、ほぼ完成じゃん、と一瞬たりとも思った私は、その後、本当の地獄を知るのでした。
作家との契約問題です。他業界の方に話すと驚かれますが、日本の出版界は社内で企画が通っても著者と出版社の間で契約書が交わされることはなく、出版直前になって契約書を交わします。(出版社からしたら)作家は本当に書いてくれるか、(作家からしたら)本当に出版してくれるのか、についてややグレーで、しいていうなら両者の信頼がベースとなっています。
海外の出版界でそんな考えは通用しません。事前に契約をかわし、オファー金額や発売予定時期なども明示しなければなりません(ということを、後に知りました)。そもそも今回、海外の作家からしたら、「お前、どこの誰やねん!」という感じでしょうし。こちらとしても、しっかりと契約書を用意した上で、安心して書いてもらいたかったのでした。
しかし、そもそも何語で契約書を作ればいいのだろうか。おおよそ英語は通じるでしょうが、タイやベトナム、そしてチベットの作家にもそれでよいのかどうかもわかりません(結果、私の数十倍も彼らは英語が堪能なのでしたが)。
続いて、どんな書式にすればよいのか。いろいろ調べると日本の出版契約書は、世界標準からすると特殊なものだということがわかってきました。では、世界標準とはどんなものだろうか。弊社の作品が海外で翻訳出版されることは珍しくはありませんが、そうした場合のほとんどはエージェントという仲介業者を介しています。直接、海外の作家と契約を結んだケースは……なんとゼロ(少なくとも、私が調べた限りでは)。
前例がないということは、社内の誰に聞いても答えはないのです。関係しそうな部署を本当に行ったり来たりしたことを覚えています。そのころは階段をよく使っていたので、3キロぐらい痩せたと思います(というのは嘘ですが、精神的に痩せました)。
まさか、こんなところに落とし穴があったとは……。契約書は、企業の根幹に関わる超重要書類ですから、私の判断で勝手に作るわけにはいきません。会社の了解が必要です。それも英語の契約書なので、国際的な商取引に精通した法律事務所に監修してもらわなければならないそうで、頭がクラクラしてきました。というか、本心をいうと放り出したくなりました。
そんなある日のことでした。このコラムの第1回でも紹介した韓国関連の書籍を翻訳出版する出版社兼エージェント「クオン」の金承福社長に相談しに行きました。なぜだが、ちょっと散歩しながら話しましょうという流れになり、皇居周辺をてくてく歩きながら、「想像以上に面倒です……」と打ち明けました。
その裏には、海外の作家とのやりとりに長けた「クオン」に、そのまま企画を譲り渡せないかなどという魂胆も、ほんの少しあったことを白状します(関係者の皆さん、すみません!)。「うちの会社でこの企画進めるのつらいっす」。その際、金社長からこう言われたことをよく覚えています。
「私たちがこの企画をやろうと思えばできます。でも……これはあなたたちがやらなければならない仕事です」
この発言についてはいろいろな解釈、というか受け取り方ができますが、そのときの私の心に強く響きました。それが金社長という、油断ならぬ商売人ながら一方で志高い出版人の発言だったからか、皇居というスピリチュアルな場所柄だったからか、わかりませんが、とにかく「ここまで来たら、がんばろう」と思ったのでした。
(続きは次回に)
担当者かしわばら
※この本は二人で編集しました。そのうちもう一人も出てくると思います。