採れたて本!【評論#03】

採れたて本!【評論】

 本書は、タイトルで中身がおおかた想像できる系書物の一つといえる。テーマは超気になるが、もし二千円も払ってチャラい内容だったら……と逡巡した方も少なくないだろう。そこで読んでみた。結論を先に言うと、かなり面白いし深い。控えめに見ても三千円ぐらいの価値はある、と断言可能。なお英語空間で確認したところ、著者は学術領域でハイレベルな実績を積んだ知的に信頼に足る人物であり、そこもプラス評価できる。

 実際、「物語性の危険度」について、本誌の読者であればかなり踏み込んだことが言えるはず。よくできた物語のほうがつまらない事実列挙より人心を動かしやすいとか、そもそも「報道」も物語的な構造に依拠しているから肝心なトコでフィクションと限界を共有しているとか。そう、あなたは本書の内容の八割ほどについては(人ごとに部位は違えど)似たようなことを述べられるだろう。

 しかし問題は残りの二割だ。まさにそこで、プラトンの論理を使いこなす著者の教養的な底力が光りはじめる。

 著者の論説の骨子は、物語性の基礎構造はそもそも原始的部族社会の「生存のルール」の結晶であり、それがそのまま現在も生きているため、仲間の保護というメリット以上に、過度の分断・破壊・暴力を促すデメリットが急騰しているのだが、誰もそれを自覚したがらないからヤバい、というもので、なかなか興味深く良質な展開だ。が、文芸業界人にとっての読みどころ、気づきポイントの重点はこれと多少異なる座標にある。

 例えば、事実に対する恣意性の勝利についての【ありとあらゆるエビデンスの捏造が可能になるがゆえに、どんなエビデンスも否定できるようになるだろう】という表現に、私はハッとさせられた。

 さらに著者は、たとえ非物語的な性質を持っているように見えるものでさえ、コミュニケーションで機能する情報ストリームは全て「物語構造」の呪縛から逃れ得ない、という強力な仮説を立てる。もしこれを正とするならば、例えばメタ文学の自己言及性なるものは単なる見せかけであり、そこにあるのは同質の物語的文脈の無限の入れ子構造にすぎない、という推論が成り立ってしまう。

 これらは正しいか誤りであるかという以上に、総じてディックあるいはボルヘス的な悪夢世界の「さらなる底割れ」による文芸領域拡大の可能性を示す気配を有し、非常に興味深い。いや、逆に現実状況がついにディックとボルヘスを呑み込んだのか。文芸領域がその事実を大々的に直視しつつ、うまくネタ化すべき時が来た「徴」なのかもしれない。

ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する

『ストーリーが世界を滅ぼす  物語があなたの脳を操作する
ジョナサン・ゴットシャル
訳/月谷真紀
東洋経済新報社

〈「STORY BOX」2022年11月号掲載〉

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