◎編集者コラム◎ 『ロング・プレイス、ロング・タイム』ジリアン・マカリスター 訳/梅津かおり

◎編集者コラム◎

『ロング・プレイス、ロング・タイム』ジリアン・マカリスター 訳/梅津かおり


『ロング・プレイス、ロング・タイム』写真

「もう一度あの時から人生やり直したい…」

 そう思ったことってありますか? おそらく皆さん、一度や二度は経験があるのではないでしょうか。では、これはどうでしょう。

「子育てやり直したい…」

 これも、子育ての経験のある方なら一度は思ったことがあるかもしれませんね。

 本作『ロング・プレイス、ロング・タイム(原題『WRONG PLACE WRONG TIME』)』は、そんな人ならきっと身につまされて、とっても沁みる小説です。

 舞台はイギリス・リヴァプール。愛する夫ケリー、ちょっとオタクな18歳の息子トッドと、平凡で幸せな生活を送っていた離婚弁護士のジェン、43歳。2022年のハロウィーンを目前にした10月30日午前0時過ぎ、門限ギリギリに帰ってきたトッドが、彼女の目の前で突然見知らぬ男を刺殺し、逮捕されてしまいます。それまで息子にそんな予兆は微塵も感じられず、ただただ呆然とするジェン。ところがその後、彼女が眠りから目覚めると、時間は事件の前、10月28日の午前8時に戻っていたのです。それからジェンは、眠るたびに1日ずつ、やがて数日ずつ過去に遡っていく――そう、タイムリープです。ジェンは混乱しながらも、息子の殺人を事前に食い止めようと必死に手を尽くしますが……。

 実はこの小説、NYタイムズ、サンデータイムズという米英の大手メディアのベストセラーリスト入りした大ヒット作なんです。ブレイクのきっかけは、フォロワー数280万人超を誇るリース・ウィザースプーンのブッククラブでリースが激推ししたこと。彼女の選書は女性に焦点を当てた小説に限定していることで有名で(あの大ベストセラー『ザリガニの鳴くところ』もこのブッククラブの紹介でブレイク)、そこからわかるようにこの本はまさに女性、特に子育て経験のある女性の圧倒的な共感を呼んだのです。

 眠るたびに時間を遡ってしまうというトンデモな状況に陥ったジェン。事件の真相やタイムリープの意味を必死に追求してやっと少し前進したと思っても、眠って目覚めればリセットされてしまうし、自分の状況を誰かに打ちあけて信じてもらえても、目覚めればすべて無しになってしまう。それでも何とかして息子の罪を阻止しようとします。その背景にあるのは、自分の子育てがどこかで間違っていたのではないかという不安や後悔。もともと特別子ども好きなわけではなく、仕事と育児の両立に悩み、いつも必死で、気づくと仕事を優先していたり、彼女と真逆の理系少年の息子の話を理解不能と半笑いで聞き流すこともたびたび。そんな小さな積み重ねが、ひょっとして犯罪の原因になったのではないかという強い不安や後悔が、終始ジェンを苛みます。さらには夫や親との関係までも思い返し、「自分はどこかで間違っていたのかも」と感じ始めるジェン。これって、タイムリーパーではなくても国が違っても、少し年齢を重ねた大人なら大なり小なり身に覚えのある感情なのではないでしょうか。

 共感小説でありながらSF、犯罪小説としても抜群に面白く、海外のレビューではページをめくる手が止まらなかったという感想がたくさん見られます。果たして主人公は息子の犯罪を止められるのかとドキドキして、事件の真相が知りたくて、彼女の揺れ動く気持ちに共感して、夢中で読みふけってしまう――そんな小説です。

 ちなみに邦訳版のスタッフは、翻訳の梅津かおりさんをはじめ、全員子育て経験のある女性。この作品に携わり、皆一様にこう語っていました(もちろん私も)。

「子どもの話をもっとちゃんと聞かなくちゃと反省させられた」

 どうか本作を大いにお楽しみ頂き、場合によってはちょっぴり? 反省していただければ、担当者として本望でございます。

──『ロング・プレイス、ロング・タイム』担当者より

ロング・プレイス、ロング・タイム
『ロング・プレイス、ロング・タイム』
ジリアン・マカリスター 訳/梅津かおり
はらだみずき『山に抱かれた家』
辛酸なめ子『煩悩ディスタンス』