ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第110回

ハクマン第110回
最近の漫画は分業制だ。
指示出しが苦手な私は
結局1人で描いている。

技術もクソもないのだが、幸い現在はスマホで漫画を読む人が増えているため、むしろコマは単純に割られている方が好まれるらしいので、そういう意味では時代に味方されていると言える。
さらに漫画をカラーにする「カラーのみ担当」がいたりと、最近の漫画は分業制が進んでいるため、話が作れなかったり絵が描けなかったとしても、漫画に携わる仕事に就きやすくなってきたとも言える。

そういえば、大昔に私のエッセイをコミカライズするという話があり、作画担当の方にネームまで出してもらい、面白かったのだが、まさかの「担当の失踪」により、どうなったのかさえわからぬまま立ち消えになったことがあった。

出版社所属の担当であれば、他の担当に引き継ぐなどできたかもしれないが「フリーの編集者」という漫画家など足元にも及ばない無頼な存在だったため、もはや消息を掴むことすら不可能であった。

このように漫画というのは「誰かがバックレる」ことにより、企画が消滅や停滞することがままある。
漫画が分業化することにより、個人の負担は楽になるかもしれないが、企画段階でのバックレ消滅率は急上昇なのではないかと思われる。

編集が消えるのは稀と思われるかもしれないし、確かに失踪まではそうそうない。しかし「ネームを送ったのに返事がない」などは結構ある。
その場合はこちらも諦めるし、逆にこっちも「なるはやでネーム出します」が最後の言葉になってしまうことがある。
こんなにカジュアルに音信不通が受け入れられている仕事はあまりないのではないか。

ちなみに出版社所属の編集者であっても「誰も引き継ぎたがらなかった」という理由で消滅することもあるし、私も「担当急病のためしばらく休載」という斬新な理由で休まされたことがある。

しかし、万が一、私に原作を依頼する出版社があり、作画をやっていいというスキルをドブに捨てたい作画家がいたとしても、あまり上手く行かないような気もする。

私は基本的に他人と意思の疎通ができないのだが、特に「人に指示を出す」ということができない。

幸い会社人時代は、新人が入ってくるたびに熾烈なポジション争いをして「最底辺」をキープしてきたため「指示をする側」になることが滅多になかった。

しかし、漫画の場合原作が「こう描いてくれ」と指示しない限り作画の人は何もできないのである。
言葉で説明しなくても、ネーム原作を渡せば良いのかもしれないが「このキャラはずっと座っている中年なので下半身だけもっとだらしなくさせてくれ」などの細かい指示は必要だろう。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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