ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第127回

「ハクマン」第127回
ネームをたくさん描いても
収入という意味では
紛れもなく無職である。

そんな何回転生しても毎回処刑で終わる、仕事ができない悪役令嬢みたいな様を見せていたら、発注自体が減るのであまり良くないとはわかっているのだが、正直新しい連載を立ち上げるより、始まったものを出来るだけ長くダラダラ続けられた方が個人的には楽なのだ。

漫画家は終了時期を選べないことも多いが、開始時期も選べることもが少ない。

かつて、「この号までに何でもいいから始めろ」と開始時期のみが決定し、「多分こういうのを描くだろう」という予告カットが掲載されたが、それがボツになり全然違う新連載が開始されるということもあったが、現在そのようなことは滅多にない。

大体が「こういうのを描かせてもらえませんか」という、ネームを出版社に提出し、先方のOKが出て、やっとそこから開始時期が決まる。
もちろん、なかなかネームのOKが出ずに連載開始のめどが立たないことも多いのだが、仮にネームがボツになっても、また違うネームを描いてOKが出るまで何度も同じ出版社にトライし続けられるという点は、ある意味優しいと言える。

野球のトライアウトなど1度しかないし、一度面接で落ちた会社に1週間後、服装と髪型を変えて再挑戦して受かるということもあまりないだろう。
だが、漫画の場合、編集者の「ふんどしではなく黒のTバックにすればあるいは」という助言に従い、再挑戦すればそれが通って連載が開始したりするのだ。

  

また、カニエの妻みたいな格好で面接に挑み「正気か」と門前払いされた足で別の会社の面接に行って「こういう人材待ってた」と採用されることがあるように、ボツになったネームをそのまま別の出版社にもって行き、採用されることもあるし、それが咎められるということもない。
実際、S学館以外のS社で一笑に付されてK社で始まったのが「進撃の巨人」という話もある。

しかし、ネームのOKが出たとしても、開始時期に関しては先方の編成の都合があるので、連載開始はそこからさらに数か月後ということもあり、気がつけば丸1年無職ということもある。

準備期間も描いているのだから、無職ということはないだろうと思うかもしれない。
しかし、ご存じの方も多いと思うが、原稿料は完成原稿のみに支払われるため、ネームはいくら描いても無賃なため、収入という意味では紛れもなく無職なのである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

『君が手にするはずだった黄金について』小川 哲/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR
『水車小屋のネネ』津村記久子/著▷「2024年本屋大賞」ノミネート作を担当編集者が全力PR