ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第129回

「ハクマン」第129回
浅田次郎先生にも
「書くことがない」
という現象が起こるらしい。

さらに寝ると100%夢を見て、それを朝語るというのは、先生の祖母か母だかの遺伝であり、それは娘にも受け継がれているらしい。

よって、娘の夫である義理の息子から「あんたの娘が毎朝欠かさずつまらない話を食卓にお出ししてくるんだが」とやんわり苦言を呈されたことも記されている。
夢という世界一つまらない話題から、自分の夢見体質を語る面白いエッセイにもっていき、さらに夢の話をそのまま聞かされることほど苦痛なことはないという客観的視点も失っていないのはさすがである。

エッセイを書く人間はもちろん、自分の日常を世に出す時は客観性が非常に大事であり、妻や子との温かい交流と思ってSNSに書いたものが、世間的には吐き気を催すモラハラと虐待として炎上したり、通報までいくパターンも出てきている

もし私が「夢」というテーマでエッセイを書けと言われたら「担当が世界一つまらないテーマを出してきた」という怒りで2000字埋めるか「あの芸能人が夢に出て来た」など、生粋のつまらない話を始めてしまうだろう。

逆に言えば、家族は辟易していると理解しながら、夢の話を続けている浅田先生も別の怖さがある。

わけあって、今年になってから夫との会話を増やそうとしているのだが、何せ1日の総会話時間5分以下の生活を長らく続けていたため、話題がないのである。

よって「天気」など、出会って4秒以内の関係にしか見えない話題を出すこともしばしばだが、それでも「昨日見た夢の話」という禁じ手を出したことは、お互い一度もない。

しかし、話題を出そうとするあまり、ソシャゲで思わぬ深追い課金をしたことや、夫側も今朝車でおキャット様を轢きかけた話など、ただ空気を悪くする、ヤブヘビになってしまうことも多い。

その点夢の話というのは、広がりもしないがそれ以上追求されもしない、世界一つまらないが、世界一平和な話題とも言える。

ハクマン第129回

(つづく)
次回更新予定日 2024-4-24

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

【京都市アート × ビジネス推進拠点「器」コラボ】赤神諒「七分咲き(前編)」バナーイラストコンテスト受賞作品発表&後編アート作品募集!
鈴峯紅也『引越し侍 門出の凶刃』