ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第133回
盲信しすぎるところがある。
税理士の節税対策は万全か?
GW(ガッデムウイーク)が終わり6月になった。
6月は祝日がないファッキソ月である、という感覚は無職になってから失ったが6月は住民税の通知という最大の山場、場合によってはクライマックソがやってくるのでF月であることには変わりがない。
私が春になると、大ぶりのすきっ歯をガタガタ鳴らしてカエルに対抗してくる生物であることはすでに知られており、税金に対する愚痴は「またか」もしくは「もうこんな季節か」としか思われていないと思う。
私もカエルやクビキリギスパイセンと同列にされるのは構わない。むしろやっとここまできた感がある。
ただし、この季節になると現れる「悲報!今年もう半分終了」と雄たけびをあげて去っていく時報厨とは一緒にしないでほしい。俺にもプライドがある。
つまり、自治国家の一員を名乗るなら税金はもはや自然現象として受け入れていくしかなく、文句を言う方がおかしいと思うかもしれないが、だったら毎年来るとわかっているのに夏の暑さや冬の寒さに文句を言い続けるのもおかしいということになる。
この地に100年近く住むジジイババアですら未だに暑い寒いと言ってエアコンのリモコンマスターになろうとするのだから半世紀も生きていない私が言うのは当たり前だ。
特に最近の夏の暑さは文句以前に「嘘だろ?」と感嘆と疑問が飛び出すレベルだ。
それと同じように私も税金に対しては未だに「マジで言っているのか」という新鮮な驚きと疑いが消えないのである。
つまり何かの間違いでいでこんな高額の税金を支払うことになっているのではないかと考えてしまうのだ。
お国は税を逃れようとする者に対してはメロスのように敏感だが、余分に納める情弱が来ると急に笛を吹いて羊と戯れだし、なにも言わないのである。
つまり、申告の仕方に致命的な問題があり、そのせいで払わなくてもいい税金を払っているのではないか、という疑問が毎年消えないのだ。
申告は税理士に任せているのだから間違いはないだろうとも思うが、我々は「先生」と呼ばれるものを盲信しすぎなところがある。
思えば私だって「先生」と呼ばれることがあるのだ。「先生」という肩書がいかに無価値かが良くわかる。もはやオタクが同士を呼ぶときに使う「氏」と同レベルに価値がない。