ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第143回

「ハクマン」第143回
他人の不幸フリークには
「末路」は極めて
人気のフレーズだ。

漫画のサムネやバナーも本筋に関係なくても一番刺激的なシーンを切り抜くし、エロいシーンがあればそれ一択になる。

「この世界の片隅に」という漫画がある。

知っている人も多いと思うが、戦中に呉に嫁いだ少女を主人公に、戦時中の日常や戦争の悲惨さを描いた作品で映画化もされている。

言うまでもないがエロが主題の漫画ではない、しかしこの作品を広告バナーで紹介する際、選ばれたシーンは「ババアが孫娘に初夜の作法を指南するシーン」だったという。

このバナーを見て「濃厚な百合が期待できる」と判断してクリックする奴はそうそういないだろう。

だが、確かにこの作品は数コマで面白さが伝わるタイプのものではない。そんな不利な状況で選び出したのがあのシーンだとしたら、バナーを作った奴はセンスがある。

実際読んでみると、何とも言えない色気があるし、ババアとは不発だが、義姉との濃厚な精神的百合が展開されるので詐欺ということは全くないが、それでもバナーを見てババアの実戦初夜指南を期待したものにとっては納得がいかないだろう。

  

だが、そうでもしないとまず読んでもらえない、という現実もある。

よって漫画家としてはまず読んでもらうために見出しに「末路」を乱用する記事を責めることはできない。

しかし、本職である他人の不幸ソムリエとしては安易な末路使いダメ、絶対、なのだ。

そして先述の2億円タワマンカップルの末路だが、こちらの予想通り、身の丈に合わないマンションを買ってしまったせいで若干苦しむことにはなっていたが、職を失うでもなく、離婚をするわけでもなく、なにより借金を背負うこともなく、今は世帯年収3000万の自分たちに相応しい借家で落ち着いた生活を取り戻していますで締めくくられていた。

  

末路話を楽しむどころか、自分はエリート夫婦の「末」にすら届かない存在だと思い知らされただけという、白ワインと称した小便であり、ソムリエを名乗るなら飲む前に気づくべきだった。

しかし、この夫婦はこの話を末路だと思って話したわけではなく、失敗談を語ったら編集部に「末路」という見出しをつけられただけだとは思う。

「ちょっと痛い目みたけど今は反省してやっていってます」というありのままの見出しにしたら、我々他人の不幸ハイエナが手に取らないからだ。

ちなみに本人はタワマン暮らしより借家の今の方が落ち着いていると語っているのに、小見出しで「借家に都落ち!」にされていた。

これだけ見るとパワーカップル貧乏長屋転落物語を期待してしまうが、おそらくその借家も私の家より広いのだろう。

  

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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