ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第20回

ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第20回

他の作家の絵を見るたびに、
「もっと昔に勉強をしとけばよかった」と思う。
だが地方には漫画家になる勉強をする場所がない。

 だが一つだけ問題があるそうだ。

「クリスタを教える奴がいねえ」

 クリスタというのは「クリップスタジオ」という、今多くの漫画家が使っている漫画制作ソフトなのだが、クリスタに限らず「PCで漫画を描く方法」を教える講師がいないのだという。
 つまり、アナログでの漫画の描き方しか教えていないのだ。

 パソコンが使えないと漫画家になれないわけではないし、アナログで活躍している作家は今でも多くいる。

 しかし最近、意外な方向からアナログ作画に問題が出てきているそうだ。

「アナログで描けるアシスタントが見つからねえ」

 デジタルアシスタントに慣れ過ぎてしまい、アナログ原稿にアナログで背景や効果を入れられるアシスタントが減っているのだという。

 またデジタルであれば、地方に住んでいる作家が、狂った街東京に住むアシスタントに手伝ってもらうことも可能だ。 私は物理的距離より、心が人から離れてしまっているので、そんな高度なことはできないが、アシスタントを雇うにしても、デジタルの方がコストは節約できるのだ。

 だが、アナログになると、デジタルよりアシスタントの数がいるし、作業場に来てもらわなければいけなくなる。 そして田舎で「漫画のアシスタントをしている」などという無頼漢はほぼいないので、アナログ作画が出来るアシスタントを集めるというのは、非常に難しくなる。

 よって「クリスタを教える奴がいねえ」と聞いた時「それは餓死ですよ」と、水木しげる御大のようなことを言ってしまった。

 漫画家としてデビューするのだけが目的ならアナログでも良いが、漫画家として連載を持ち長期的に活動していくことを考えるなら、デジタルで描けた方が良い。

 アナログで連載をすると設備や人件費だけで赤字になってしまい、単行本が売れることでしか取り返せないという、野球で言うと「ホームランを打て」という作戦しか立てられなくなってしまうこともあるという。

 すでにアナログで活躍し人員が確保できる作家なら良いが、今からなろうという人間には、漫画もビジネスなのだから、学校はコストや時短のことも教えるべきではないだろうか。

 話は変わるが、デジタル化により、背景などは絵心ではなく、ソフトの使い方とノウハウである程度描くことが出来るようになったため、最近では刑務所で「漫画のデジタル背景」を描く刑務作業がある、というニュースを見たことがある。

 これは画期的である。
 何故なら私は、自分の漫画の背景のほとんどにこういった無料や有料の「既成のデジタル背景」を使っている。 そのせいで最近では「背景さんの間に私が絵を入れさせていただく」形になりつつある。 むしろ作者が「セルシス先生」でアシスタントが私だ。

 しかし、欲しいデジタル背景がない、ことも多いため「背景がないので、この場面は諦める」という「背景にあわせて話を変える」ことも珍しくないのだ。

 よって、デジタル背景のストックはいくらあっても困らない。
 刑務所で作られた製品を売る催事もあると聞く。それと同じように「刑務所で作られた背景データ集」があれば、ぜひ買わせていただきたい。

 

ハクマン

(つづく)
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カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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