ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第90回

ハクマン第90回
デジタルにも
弱点はある。
今その局面に直面している。

現在私は漫画をフルデジタルで描いているのだが、デビュー当時はネームを紙に書き、それをファックスで送っていた。

つまり私は団塊ジュニア世代で8050問題の50側、80サイドを担当してくれる年金受給者をメン募中、ということになるのだが、実際は団塊ジュニアに魚民で説教されているぐらいの年齢である。

よって私がデビューした時にはネットもあったし当然メールもあった。
それにもかかわらずなぜファックスを使用していたのかというと、いまだに謎なのだが、ヒントは担当の方が当時すでに50側だったことに隠されているような気がする。

デビューもまだしていない新人が一回り以上年上のベテラン編集に「それメールで良くないすか?」とはなかなか言えないものである。
未だに日本のオフィスでファックスが使われているのもファックスパイセンにデジタル後輩が「何もいえなくて…令和」というジェイウォークした結果なのかもしれない。

よって私はデビューする時ネームをファックスで送るためだけにわざわざファックスを購入したのである。
さらにパソコンで描いた原稿データをCD−Rに焼き、それを「郵送」していた。
何のために、と言われたら「そういう宗教儀式」としか言いようがない。

しばらくは真面目にその儀式を執り行っていたのだが、坊主が「俺たちも原付で檀家まわりしていいんじゃないか?」と思いついたように、私も「ネームも原稿もデータのままメールで送って良くないか」と思いつき、断りもなく突然そうしたところ、別にそれで良かったようである。

よって職場の老に忖度してアナログ手法を使っている若も試しに「次回から談話室滝沢ではなく Slack で打ち合わせお願いします」と言ってみたら意外と「了解道中膝栗毛」と LINE で返ってくる可能性がある。
目上に対して先回りして気を遣ってしまうのも、日本にファックスが生存してしまった原因なのかもしれない。

しかしファックスが消えてしまうのも惜しいと思っている。
なぜなら、現在コンプラの問題で出版業でも使えない言葉がどんどん増えてきているのだ。
何を使ったらいけないかは媒体によって違うが、ファックスを単数系にしたような言葉を使える媒体はほぼない。
ちなみにファッキソはまだ使えているのを見たことがある、ファーストキッチソの略だと言い張れるからだろうか。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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