ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第93回

ハクマン第93回
私のサイン本はいつからか
「ガチャ形式」で
行われている。

サインが終わる前にサインが始まる。

ついに俺のスピードがコブラを超えてしまった。
そう思ったが、どうやら周回遅れだったようで、コブラ君と教室に戻ろうとしたら、お前はもう一周と先公に言われてしまった。

私は自著が発売するたびにサイン本を書くのだが、先月は2冊発売したため、1冊目のサインが終わらない内に2冊目のサイン本が到着してしまった次第である。

正直、サインと私がいつも描いている、誰が描いても同じ猫のワンポイントイラストを脳死状態で描くならそこまで時間はかからないし、最悪シルバー人材センターに依頼するという手もある。
のしや賞状の宛名書きを委託できるならサインぐらい朝飯前だろう。
ただし「突然達筆になった」という理由でバレるかもしれないので、依頼するならいつもは芝刈りとかを担当している老に書かせなければいけない。

ただ私のサイン本はいつごろからか「ガチャ形式」で行われるようになった。

まず Twitter でサイン本に描くイラストのリクエストを募り、それを本に描いていく。
だがもちろんその本はリクエストした本人の物になるわけではなく、その本を買った誰かの元へいく。
つまり、高確率で他人の推しが描かれた本が手に入るという、私含め誰が得をしているのかわからないシステムである。
しかし、自分がリクエストした物が手に入る確率もゼロではない、故にガチャなのだ。

だがそんなことを始めたせいで、全ての本に全部違うイラストを描くことになってしまい普通のサイン本より大幅に時間がかかる羽目になってしまった。

それでも自分のキャラであれば描き慣れているし、それ以前に全部同じ顔なのでそこまで時間はかからないが、リクエストされるのは大半が「他人様のキャラクター」なのである。

よって私は描くのに余計時間がかかるし、購入者は「作者じゃない奴が描いたサイン入りちいかわ」という何の価値もない上に一歩間違えると怒られが発生しそうな本が手元に残るという、ますます全損になりつつある。

そんなに面倒なら普通のサインに戻せば良いのだが、いつ頃からか「サイン本はガチャでお願いします」と指定が来るようになったため、そうもいかないのである。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

◎編集者コラム◎ 『湖上の空』今村翔吾
◇長編小説◇里見 蘭「漂白」連載第212回