ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第98回

ハクマン第98回
「やってみる」の壁は
担当への怒りで
ぶち壊すことができるのだ。

もう年末だが、今年も特に何もなくただ肉体が1年老いただけだ。

そう言いたいところだが、私は最近自分に「老化」の才能があることに気づいた。
今年四十路になったのだが、どう見ても五十路、下手をすると還暦まで飛び級してしまっている。

大器晩成というように、人間は死ぬまで成長期、まだ見ぬ才能にあふれている。おそらくあと数年もすれば「死」の才能に目覚める気がしてならない。

よって来年以降も私から目を離さないでほしい。離した隙に餅で窒息するか、2センチの水たまりで死ぬ。

また人生にはまだ知らぬ楽しみがある、ということも知った。
前回書いたが、先日のサッカーワールドカップにて、自分には最も向いてないと思っていた「スポーツ観戦」に挑戦し、思いがけず楽しかったため、つい「決勝」まで観戦してしまった。
何故見たかというと、また本田さんが解説をすると聞きつけてなので、サッカー観戦に目覚めたというより「新しい推しができた」という「いつものやつ」な気もするが、この決勝戦が近年まれに見る見どころの多い試合だったようで、私のような「手を使わず玉をゴールに入れる」以外のルールを知らない人間でも楽しむことができた。

このように、イメージだけで敬遠していたがやってみたら意外と楽しいこと、というのは多いのだと思う。

しかし、この「やってみたら」の壁が高く、さらにその壁は年を取れば取るほど高くなり、すでにシルエットが見えた時点で巨人があきらめて帰るレベルで高くなっている。

その壁をどうやってぶち壊したかというと、前回書いた通り元担当への「怒り」である。

サッカーを見させるのは、興味でも好奇心でもない、研ぎ澄まされた俺自身の殺意だ。深夜に緋を穿つ紅蓮の abema、なのである。

すでに中途半端な好奇心では私は動けない。ひげ根を張った中年のケツを動かすのはもはや「純粋な怒り」しかないということがわかった。

よって来年以降も「担当への怒り」を大事にしていこうと思う、この殺意の炎が消えぬかぎり、私はまだ餓狼でいられる。

このように漫画家としてはこれと言ったトピックはないのだが、漫画業界はここ数年大きく変化したような気がする。

今年注目を集めたのは「AI」だろう。

AIに絵を描かせるツールが登場した途端、Twitter はAIに描かせたイラストが大量にアップされ、pixiv などにもAIを使った投稿が増えているらしい。

AIが描いた絵は正直私より上手いし、何より早い。
これは「AIが漫画を描く時代」の到来も遠くはないのではないか。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

【激動の2022年を振り返る「この1冊」】三橋順子『歴史の中の多様な「性」 日本とアジア 変幻するセクシュアリティ』/かつては日本なりに、性的な多様性をはぐくんでいた
【SM小説】美咲凌介の連載掌編「どことなくSM劇場」第51話 ハスカイ家の大蜘蛛――どえむ探偵秋月涼子の遁走