ハクマン 部屋と締切(デッドエンド)と私 第99回

ハクマン第99回
見落としがちだが、
就職したければ
「会社員の才能」が必要だ。

実際当たり前だろうと思うかもしれないが、当たり前ではない世界観というのも存在し「就職」という選択肢が最初からない人間もいるのだ。
就職しないならどうするかというと、やりたいことがあるからバイトしながら実現を目指す、というものもいるし「やりたいことをこれから探す」というものもいる。
十数年学生をやって見つけられなかったものがこれから見つかるかは疑問だが、まだ自分に可能性があると信じているだけ良いのかもしれない。

中には、やりたいこともやりたいことを見つける気もないが「会社に就職だけはない」という理由で就職しない人間もいるのだ。

だがこの考えはある意味正しい。
日本は、一斉に就職活動がはじまるという諸外国にはあまりない就職システムになっているため、氷河期でなければ特に意志のない人間でもとりあえずどこかの企業にブッ込まれる場合が多い。
ゆえに会社員は誰にでもできる職業、むしろ特別な才能がない人間が就く職業と思われたちだがそれは大きな間違いであり、プロ野球選手に野球の才能が必要なのと同じで、会社員をやるには「会社員の才能」が必要なのである。

プロ野球チームに野球ができない奴が何かの間違いで入団するということはあまりないと思うが、会社員の才能は数回の面接で見極めるのが難しいため、面接に全裸で来るなど稀有な才能のなさを発揮していない限り、会社に会社員の才能がない奴が入ってしまうという悲劇が起こりやすい。

プロ野球チームにキャッチボールができない奴が入ってしまったら相当居心地が悪いだろうし周囲も困るだろう。結局早々に退団することになり、最悪「病院」というチームに電撃移籍することになってしまう。

会社も同じであり、会社員の才能がない奴が入ると、本人が苦しいのはもちろん周囲にも迷惑をかけてしまう。

そのような悲劇を起こさないため、面接官が才能のなさに気づいて落としてくれないなら、自分で自分の無才能に気づき入団の意志を持たないという自己判断が必要になってくる。

「就職だけはない」という判断を下せたということは「学生の時点で自己分析ができた」ということである。
学生時代というのは自分の得手不得手を理解する期間でもあるので、就活をしない人間はある意味有益な学生時代を過ごしたと言える。

私はその自己分析ができていなかったため「自分には会社員ができる」という驚きの判断ミスにより就職してしまい、社会という球団に10年キャッチボールができない選手を抱えさせるという損害を与えてしまった。

 
カレー沢薫(かれーざわ・かおる)

漫画家、エッセイスト。漫画『クレムリン』でデビュー。 エッセイ作品に『負ける技術』『ブスの本懐』(太田出版)など多数。

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