【クイズで学ぼう!】「ノックスの十戒」って? 書き手なら知っておきたい推理小説のルール

推理小説には、「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」と呼ばれる執筆の際のルールが存在します。今回はそのルールをご紹介するとともに、本格推理作家たちがルールを守った上でどんな作品を創作しているかを、クイズ形式で出題します!

推理小説を読んでいて、「えーっ、ここまで引っ張ってそんなオチ!?」とがっかりしてしまったことはありませんか? 

たとえば、まったく注目していなかった地味な人物が犯人として登場する、殺人の方法が専門的すぎるものである……といった展開は、推理小説としてはご法度。もちろん、意外な犯人や鮮やかなトリックはミステリーの醍醐味ですが、推理小説は読者に謎を解かせるゲームであると考えれば、そこには当然、書き手が最低限守らなければならないルールも存在するのです。

今回は、「ノックスの十戒」「ヴァン・ダインの二十則」といった推理小説を書く時のルールを引用しつつ、本格推理作家たちが実際に、ルールを守った上でどんな作品を創作しているかをクイズ形式でご紹介します。これから推理小説を書いてみたい方、ミステリーの古典的名作に触れてみたいという方は、ご一読ください!

まずは押さえておきたい、「ノックスの十戒」

shutterstock_412691971

「ノックスの十戒」とは、『陸橋殺人事件』などで知られるイギリスの推理作家、ロナルド・ノックスが1928年に“The Best of detective stories of the year1928”(邦題『探偵小説十戒』)で発表した、推理小説を書く上での10のルールです。

1920年代はアガサ・クリスティエラリー・クイーンといった本格ミステリー作家が登場し、ミステリーや本格推理小説というジャンルが隆盛を極めた時代。
この時代に発表された作品はまさに玉石混交で、中には腑に落ちない展開や破天荒なトリックのものもありました。ノックスは「十戒」を定めることで、作家にとっても読者にとっても、ミステリーはフェアプレーでなくてはならないということをアピールしたのでしょう。

「ノックスの十戒」の中身は、以下の通り。

1.犯人は物語の始めに登場していなければならない
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない
3.犯行現場に秘密の抜け穴・通路が2つ以上あってはならない
4.未発見の毒薬や、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない
5.中国人(並外れた身体能力を持つ怪人)を登場させてはならない
6.探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない
7.変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない
8.探偵は、読者に提示していない手がかりによって解決してはならない
9.“ワトスン役”は自分の判断をすべて読者に知らせなくてはならない
10.双子や変装による一人二役はあらかじめ読者に知らせなければならない
『探偵小説十戒』より

……一読すれば分かるように、「十戒」で述べられていることは基本的に、謎を解くための材料はすべて読者に提示しておくべきという指針。
「十戒」の提唱者であるノックスは実際に、これら10個の「禁じ手」を使わず、『密室の行者』という鮮やかなトリックの推理小説を執筆しています。記事の後半では、この作品のトリックをクイズ形式でご紹介します!

読者には徹底的に親切に。「ヴァン・ダインの二十則」

shutterstock_561916336

「ノックスの十戒」と同じく1928年、『僧正殺人事件』などの傑作ミステリーを生み出したアメリカの作家ヴァン・ダインが提唱したのが、「ヴァン・ダインの二十則」

「ノックスの十戒」と同じく推理小説を書く上での鉄則を示したもので、その中身は「十戒」と重なる部分も多くあります。少し長いですが、まずは「二十則」を見てみましょう。

1.事件の謎を解く手がかりは、すべて明白に記述されていなくてはならない
2.作中の人物が仕掛けるトリック以外に、
 作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない
3.不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない
4.探偵自身、あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない
5.論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。
 偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない
6.探偵小説には、必ず探偵役が登場して、
 その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない
7.長編小説には死体が絶対に必要である。
 殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない
8.占いや心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない
9.探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは
 推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く
10.犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない

11.端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。
  その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない
12.いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。
  但し端役の共犯者がいてもよい
13.冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの
  組織に属する人物を犯人にしてはいけない。
  彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである
14.殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。
  空想科学的であってはいけない。
  例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない
15.事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、
  作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない
16.余計な情景描写や、脇道に逸れた文学的な饒舌は省くべきである
17.プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。
  それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。
  真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる
18.事件の結末を事故死や自殺で片付けてはいけない
19.犯罪の動機は個人的なものが良い。
  国際的な陰謀や政治的な動機はスパイ小説に属する
20.自尊心のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。
  これらは既に使い古された陳腐なものである

・犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める
・インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
・指紋の偽造トリック
・替え玉によるアリバイ工作
・番犬が吠えなかったので、犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
・双子の替え玉トリック
・皮下注射や即死する毒薬の使用
・警官が踏み込んだ後での密室殺人
・言葉の連想テストで犯人を指摘すること
・土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く

ヴァン・ダインは、15番目に述べている「事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない」という点を特に重視していました。
たとえば、ヴァン・ダインの代表作のひとつである『グリーン家殺人事件』の中では、名探偵ファイロ・ヴァンスが事件を解決する直前のシーンで、読者がこれまでに知り得た100近い手がかりが一覧表となってまとめられています。

一 相互憎悪の雰囲気がグリーン屋敷には充満している。
二 グリーン夫人は口やかましく、ぐちばかりこぼしている中風病みで、
  家族のもの全部の生活を惨めなものにしている。
三 子供が五人いる。(中略)
九七 グリーン夫人が毒殺されたとき、邸内にいた、あるいはいたかもしれないものは、
   シベラ、フォン・ブロン、アダ、ヘミング、スプルート、マンハイムである。
『グリーン家殺人事件』より

屋敷の人間が次々と異なる方法で殺されていく複雑な展開を前に、作者自ら「ここまでのあらすじ」を解説してくれるというヴァン・ダインの手法は、当時としてもかなり斬新なものでした。自分で犯人を当てたい読者にとっては分かりやすく、ありがたい演出と言えるでしょう。

より実践的な小説作法、「レナードの十原則」

shutterstock_558399481

ここまでお読みいただけば分かるように、「ノックスの十戒」と「ヴァン・ダインの二十則」は実践的なアドバイスというより、あくまで“書き手としてのエチケット”を記したもの。
後年、ノックスとヴァン・ダインの他にもさまざまな作家が、「十戒」「二十則」になぞらえて“○つのルール”という形の小説作法を提唱しました。ここでは、そのうちのひとつであり、より具体的な小説作法である「レナードの十原則」をご紹介します。

1.作品の冒頭に天気の話は決して持ってこない
2.プロローグは避ける
3.会話のつなぎには、「……と言った」以外の動詞を決して使わない
4.「……と言った」という動詞を修飾する副詞は使わない
5.感嘆符は控えめに
6.「とつぜん」とか「大混乱に陥った」という言葉は使わない
7.方言やなまりはほどほどに
8.登場人物のこと細かな描写は避ける
9.場所や事物のディティール描写には深入りしない
10.読者が読まずに飛ばしそうな箇所は削る
『小説作法十則』より

これは、『スワッグ』や『ラム・パンチ』といった代表作があるアメリカの犯罪小説作家、エルモア・レナードが2001年に発表した十原則です。
悪党たちが活躍する小気味よい犯罪小説を数多く残したレナードらしく、文章は無駄な装飾をせず、シンプルであるべきという姿勢が貫かれています。

特に注目したいのが1,2。「作品の冒頭に天気の話は決して持ってこない」「プロローグは避ける」とはすなわち、小説の書き出しには平凡な表現を使わず、すぐに本題に入れという教訓です。

合わせて読みたい:
(合わせて読みたい:小説は書き出しが命!昭和文学に学ぶ冒頭文の「反則テクニック」5選。)

次のページでは、推理小説作家たちがこれらの“小説作法”を守った上で、実際にどんなトリックや展開で読者を惹きつけていたか、3つの古典的名作をクイズ形式でご紹介します。

(次ページ:密室殺人事件のトリックを暴こう!)

ジャズを読み解く『〈ポスト・ジャズからの視点〉I リマリックのブラッド・メルドー』
板倉俊之ひとり応援団