滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第5話 鳴きまね名人①

滞米こじらせ日記~愛しきダメな隣人たち~ 桐江キミコ 第5話 鳴きまね名人①

みんな、アメリカに何かを期待してやって来る。
30年以上不法移民として
皿洗いを続ける寅之助さんも、その一人だ。

 いろんな人がいろんな理由で、アメリカに渡ってくる。東欧からリッチなアメリカンになることを夢見て自主政治亡命してきて、でも、祖国に残ったいとこの方が土地売買と役所のコネで成金ミリオネアーになり、どうやらアメリカに来たことの意味を疑っている気配のニコラス、とか。アメリカを夢見て、まずはお父さんが、血のつながりもない在米中国人の息子と偽って、苗字(みょうじ)を変えて渡米して、そのお父さんに呼び寄せられてアメリカに移民してきたメイさん、とか。

 コロンビアから来たナタリアなんか、高校を中退してぶらぶらしていたとき、20歳年上のアメリカ人に出会って2週間とたたないうちに結婚して、アメリカにやって来た。たったの2週間では相手をよく知ることなんかできないから、たぶん、その人がどうのこうのというよりも、とにかくアメリカに来たかったのだと思う。でも、アメリカに来てみれば、結婚した相手は既婚者で、息子が3人もいた。すったもんだがあったあとの、「共通点は国籍と母国語がスペイン語なだけ」という相手との次の結婚も、アメリカ国籍を取ってアメリカに居続けるためだった。「夫らしいこと、父親らしいことを何もしてくれない」と不満を抱きながら、ナタリアはゴミゴミしたブロードウェイ沿いの、家賃統制された古くて暗いワンベッドルーム・アパートで、不本意な毎日を嫌々過ごしている。学歴もスキルもない彼女にできるのは、子守りや使い走りやハウスキーピングなどの仕事で、アメリカに来ても貧しい生活から抜け出すことはできなかった。そんなナタリアは、明るいラテンの国から来たというのに口がへの字に曲がっていて、彼女はいつもふて腐れたように言う、

「人生ってのはどうせこんなものなのよ」
 

 商社や銀行で働いている日本人駐在員やその家族に接する機会はないし、だから、ここで会う日本人は、福祉団体に駆り出されて行く問題のある人ばかりで、その中には、アメリカが輝いて見えた時代にアメリカにあこがれて来て、やがて年老いて体も言うことを聞かず、ものが積み上げられた侘(わび)しいアパートにひとり住まいしてアパートを追い出されそうになっていたおばあさんもいたし、暴力を振るう夫から逃れ、日本各地を転々としたあげく、とりあえずは国外へ、ということで、伝手(つて)もないのにニューヨークまで逃避行し、24時間営業のマクドナルドで夜を過ごしているうちに子供とはぐれ、警察に捜索を依頼して保護されたお母さんも、いた。みんながみんな、アメリカに何かを期待してやって来た人たちばかりだった。

 タイムズ・スクエア近くの、しけた日本料理屋の厨房(ちゅうぼう)できょうも皿洗いしている──仮に寅之助(とらのすけ)さんにしておこう──寅之助さんだって、やっぱり何かを期待してアメリカに渡ってきたんだろうと思う。

 寅之助さんが来たのは、もうはるか30年以上、ひょっとしたら40年も前のことで、以来、寅之助さんは、日本に一度も帰ったことがなく、不法移民としてアメリカに住み続けている。今の親切な雇い主は、何年も黙々と働き続けてくれている寅之助さんに、「スポンサーをしてあげるから、そろそろグリーンカードを取得してみてはどうか」と持ちかけた。けれど、寅之助さんは、願ってもない申し出をなぜか断って、いまだ不法移民としてキッチンの皿洗いをし続けている。

 不法移民ということは、オフィシャルに働けないから、寅之助さんは、税金も払っていないし、医療保険にも入っていない。自分の存在を抹消してしまって、この国に居ながら存在していないことになっている。寅之助さんは、何ら責任のない、気楽気ままなその日暮らしが好きなのかもしれない。

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桐江キミコ(きりえ・きみこ)

米国ニューヨーク在住。上智大学卒業後、イエール大学・コロンビア大学の各大学院で学ぶ。著書に、小説集『お月さん』(小学館文庫)、エッセイ集『おしりのまつげ』(リトルモア)などがある。現在は、百年前に北米に移民した親戚と出会ったことから、日系人の本を執筆中。

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