【クイズ】下の句を当てろ! 前衛的な“現代短歌”セレクション
現代短歌には、上の句から下の句への想像もできないような“飛躍”が魅力的な作品が多数あります。今回は、斉藤斎藤、中澤系といった現代若手歌人の短歌をクイズ形式でご紹介!あなたは何問正解できるでしょうか?
現代口語短歌を代表する歌人・俵万智の作品に、こんな一首があります。
いつもより一分早く駅に着く 一分君のこと考える
いつもの電車の時間に合わせて家を出ている女性が、ある日、1分だけ早めに駅に着いてしまう。その“1分”の間、恋をしている相手のことを考えて時間を過ごす……というシチュエーション。
恋愛初期における、生活のすべてが“君”になってしまうような浮遊感、非日常感に、共感を覚える方も多いのではないでしょうか。
いわばこれは、意味の「わかる」短歌です。
一方で、こちらはどうでしょう。1986年、俵万智が角川短歌賞を受賞した年に、同賞に次席で入選した歌人・穂村弘の作品です。
ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の嘘つきはどらえもんのはじまり
「ハーブティーにハーブ煮えつつ春の夜の」という幻想的な光景を歌った上の句から、突如「どらえもん」が登場する下の句への飛躍。嘘つきは「泥棒」のはじまり、ではなく「どらえもん」のはじまりというのは、単なる言葉遊びなのか? 正式表記の「ドラえもん」ではなくひらがなの「どらえもん」なのも、ひょっとすると意図的なのか……?
次々と疑問が湧いてくるこの歌を読んで、「わかるわかるー! あるよね!」と思う方は、おそらくいらっしゃらないでしょう。鑑賞文を100人に書いてもらったら、100通りの解釈が生まれるような短歌。……乱暴な言い方をすれば、これは「わからない」短歌です。
この歌の読み手である穂村弘は、複数の著書の中で、現代を“共感(シンパシー)”の時代であると説いています。「わかる」こと、「よくある」ことにのみ、重きが置かれる時代。しかし本当は、短歌や詩といった表現の本質は“驚異(ワンダー)”にある、と彼は言うのです。
そこで今回は、短歌の“驚異”性を存分に味わえる、前衛的な現代歌人の名歌をクイズ形式でご紹介します。上の句(5・7・5)に続く下の句(7・7)が4択になっているので、実際の下の句を当ててみてください! 果たして、あなたの想像力は現代歌人に追いつけるのか!?
【答え方】それぞれの上の句に対する正しい下の句を選択肢A〜Dの中から選び、「クリックして解答をチェック!」ボタンから解答と解説をチェックしてください。 |
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【第1問】
【上の句】秋茄子を両手に乗せて光らせて
【下の句】
A.海の匂いがするねときみは
B.どうして死ぬんだろう僕たちは
C.飛ばないことはわかっていたのに
D.おそろしいほど塗るマーガリン
秋茄子を両手に乗せて光らせてどうして死ぬんだろう僕たちは
【解説】
2013年に発表された堂園昌彦の歌集『やがて秋茄子へと到る』の中の1首です。
歌集のタイトルにも使われている「秋茄子」というモチーフは、「秋茄子は嫁に食わすな」という言葉の由来のひとつともされるほど、美味しいもの、栄養価の高いものの代名詞的存在。生命の象徴のような「秋茄子」を手に乗せつつ、“死”について思いを馳せる。そんなアンビバレントな瞬間を切り取った、美しい静物画のような短歌です。
【補足】(その他の3首)
A. 朝飲むとこの味噌汁は完璧に海の匂いがするねときみは 平岡直子
C. 蝶の背のピンを抜いてももう二度と飛ばないことはわかっていたのに 佐藤りえ
D. 一人でも生きられるけどトーストにおそろしいほど塗るマーガリン 同上
【第2問】
【上の句】携帯電話のメモリを入れる指先に
【下の句】
A.とりかぶと群青の十月
B.頑張れ笑え負けるな生きろ
C.Ok, it’s the stylish century
D.フレンチフライの香りが残る
携帯電話のメモリを入れる指先に Ok, it’s the stylish century
【解説】
中澤系の歌集『uta 0001.txt』の中の1首です。2009年に30代で夭逝した中澤系は、短歌の中で、システムに管理される社会を風刺的に描きました。
下の句に突如、脈絡なく挿入される「Ok, it’s the stylish century」というフレーズ。『uta 0001.txt』の中にはこの短歌の他にも、「ハラペーニョふりかけている君がいる Ok, it’s the stylish century」「そのツリー、100円ショップでかったでしょ Ok, it’s the stylish century」など、stylish centuryシリーズとも呼べる作品が数首見られます。
どんな行動をとろうとも「it’s the stylish century」という言葉に理由なく全肯定されてしまう、恐ろしさをも感じさせるおかしさ。選択肢Dの元の歌である「あいさずに生きてもぼくのまわりにはフレンチフライの香りが残る」も同じく中澤系の短歌です。
【補足】(その他の3首)
A. 殺したい奴が三人ゐて愉しとりかぶと群青の十月 塚本邦雄
B. ならべるとひどいことばにみえてくる頑張れ笑え負けるな生きろ 岡野大嗣
D. あいさずに生きてもぼくのまわりにはフレンチフライの香りが残る 中澤系
【第3問】
【上の句】雨の県道あるいてゆけばなんでしょう
【下の句】
A.ぶちまけられてこれはのり弁
B.夏の崩れてゆく喫茶店
C.心ゆくまで土下座がしたい
D.止まれの文字が佐藤を止める
雨の県道あるいてゆけばなんでしょうぶちまけられてこれはのり弁
【解説】
斉藤斎藤の第一歌集『渡辺のわたし』の中の1首です。名前とその作風のユニークさから、バラエティ番組で短歌が取り上げられるなど、若手現代歌人の中では知名度の高い斉藤斎藤。
例に挙げた「のり弁」の歌では、雨に濡れてぐちゃぐちゃになった“何か”が“のり弁”だと気づくまでの数秒間、得体の知れないものを目にしたときの不安な気持ちを、読み手も強制的に味わうことになります。崩れて原型がなくなってしまった“のり弁”は“のり弁”と呼べるのか、そもそもそれは本当に“のり弁”だったのか? 使われているのはいたって易しい言葉でありながら、哲学的な問題を想起させる短歌です。
斉藤斎藤の作品には他に、「上半身が人魚のようなものたちが自動改札みぎにひだりに」「どいつもこいつも無視しやがってとつぶやいて鏡を見ればおれがいない」といったものがあります。常識や前提が果たして“本当”なのか、目の前に見えている現実を根幹から揺らがされるような感覚が魅力です。
【補足】(その他の3首)
B. 角砂糖ふくめば涼しさらさらと夏の崩れてゆく喫茶店 山田航
C. シースルーエレベーターを借り切って心ゆくまで土下座がしたい 斉藤斎藤
D. 人類が残らず消えた県道の止まれの文字が佐藤を止める 木下龍也
【第4問】
【上の句】食パンの耳をまんべんなくかじる
【下の句】
A.すこし厚着をして冬へ行く
B.祈りとはそういうものだろう
C.これも仕事のひとつ秘書なり
D.死んでもいいというくらい完璧に
食パンの耳をまんべんなくかじる 祈りとはそういうものだろう
【解説】
笹井宏之の歌集『てんとろり』の中の1首です。パンの耳を「まんべんなくかじる」ことがなぜ「祈り」に繋がるのかは、読み手の解釈に委ねられています。祈りを丹念な行為ととるか、つまらないものととるか、あるいはまったく別の「そういうもの」ととるか、すべては読み手の感性しだいです。
中澤系と同じく2009年に夭逝している笹井宏之の歌には、「この星に消灯時間がおとずれるときも手を繋いでいましょうね」「切れやすい糸でむすんでおきましょう いつかくるさようならのために」など、世界を終末的な目で見つめながらも肯定する、静かな優しさがあります。
【補足】(その他の3首)
A. 「生きろ」より「死ぬな」のほうがおれらしくすこし厚着をして冬へ行く 虫武一俊
C. 北風をきって浣腸買いに行くこれも仕事のひとつ秘書なり 安西洋子
D. 牛乳のパックの口を開けたもう死んでもいいというくらい完璧に 中澤系
おわりに
現代短歌クイズ、あなたは何問正解できましたか? 中には、解説を読んでもなお「いや、わかんないよ!」と感じる短歌もあったかもしれません。
クイズの3問目でも取り上げた歌人・斉藤斎藤は、かつて短歌総合誌『短歌研究』の中で、こんなことを述べています。
批評者は、作品の内容ではなく、具体的な言葉の組み立て方を、まずは読み解こうとすべきだ。
作品の構造をていねいに読む努力を怠ると、歌は読者の無意識に添削を施され、誤読される。
それは詩を読む愉しみではなく、読者の公約数的価値観(ステレオタイプ)の再確認に過ぎない。
誤読を極力避けようとしてはじめて、一首の余白が見えてくる。
その「わからなさ」こそが、読者から見た作者の私性だ。
短歌を、詩を読む愉しみとは、他者の「わからない」のほとりに、しばし佇むことではないか。
『「わからない」のほとりに佇むこと』より
読み手がまず、短歌を目の前にしてすべきことは、“誤読を極力避けようと”ていねいに読むこと。その上で見えてきた“余白”、理屈では説明できない「わからなさ」こそ、短歌の魅力にほかなりません。
理屈を抜きにして「なんかいいかも」と思う短歌があったなら、その1首が現代短歌への入り口です。楽しいことや悲しいことがあったとき、自分自身でも、PCやスマホのメモ帳などに、自由に短歌を綴ってみてはいかがでしょうか? 現代歌人のような自由な発想で些細な出来事や感情の動きを書き留めてみれば、日々の風景が少し違ったものになってくるかもしれません。
初出:P+D MAGAZINE(2017/05/30)