辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第15回「親と子、遺伝と環境」

辻堂ホームズ子育て事件簿
発語が増える長女。
「執筆」の遺伝率は
80%超だというが…?

 2022年5月×日

 辻堂ホームズ子育て事件簿、などというタイトルをつけているからには、たまにはミステリっぽいことを書かねばなるまい。

 先日、洗濯機を回そうとして、思いのほか中身がいっぱいであることに気がついた。洗濯物の量がやけに多く、蓋すれすれまで溜まっている。「昨日天気が悪くて洗濯しなかったからかなぁ、干すの面倒だなぁ……」などとぼんやり考えながら洗剤を入れ、蓋を閉めてその場を離れた。洗濯機が動いている間、かすかに異音が聞こえた気がしたものの、特に気に留めなかった。

 洗濯終了を告げる電子音が鳴り、いつものように蓋を開ける。その瞬間、あってはならないものが目に飛び込んできた。

 直径約30cmの、虹色のゴムボール──。

 洗濯槽の中で衣類の上に鎮座しているそれを凝視し、たっぷり5秒間ほど立ち尽くした。どうやら人間は、自分の頭で瞬時に理解しえない状況に直面したとき、脳も身体も、小指の先までフリーズする生き物であるらしい。洗濯機の中にゴムボール。……洗濯機の中にゴムボール⁉

 もちろん生後5か月児には犯行が不可能。31歳児と29歳児には動機がない。ボールの大きさと派手な色合いからして、洗濯物に紛れ込んで中に入ってしまった可能性もゼロだ。となると容疑者は一人に絞り込まれる。そう、彼女がお気に入りの虹色のゴムボールをよいしょよいしょと両手で持ち上げ、空の洗濯機の底に放り込んだのだ──。

 しかし状況証拠だけでは逮捕できない。何より時間差で注意しても、当の本人は犯行に及んだこと自体を忘れているだろう。

 そこで私は機を待つことにした。

 数日後、洗面台の鏡を見ながら化粧をしている最中、背後で不穏な気配を察知した。勢いよく振り向くと、ちょうど虹色のゴムボールを頭上高く掲げ持ち、洗濯機の縁にのせようとしている2歳娘の姿が……。

 現行犯逮捕、無事成功。

 本人を事情聴取した──わけではないけれど、動機の察しはついた。どうやら最近自分でズボンを脱いで洗濯機に入れることを覚え、それを母親の私が何度か褒めたため、図に乗ってしまったようだ。ちなみにその翌日には、ウサちゃんの指人形も洗濯機の中から発掘された。再犯を防ぐ手立てはないものかと頭を悩ませた末、洗濯機の蓋はなるべく閉めておくことにした(単純明快)。

 とんだ日常の謎である。洗濯の途中でゴムボールが破裂したり、中に水が入ったりすることなく、まったくの無傷のまま出てきたことを、せめてもの幸運と思いたい。たかが100均のゴムボールと侮ることなかれ。

 ……とまあ、順調に2歳児らしい悪戯をするようになってきた娘、発語もだんだんと増えてきて、最近は色の名前を言うことにハマっている。

 赤は「か」、青は「あ」、黄色は「いろ」、白は「ひろ」。ここまではいいのだけれど、あとがいけない。緑が「ぱ」、茶色が「き」、紫が「ぶ」、ピンクが「も」、水色が「ふわふわ」……。


*辻堂ゆめの本*
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トリカゴ
『トリカゴ』
東京創元社
 
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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