辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第15回「親と子、遺伝と環境」

辻堂ホームズ子育て事件簿
発語が増える長女。
「執筆」の遺伝率は
80%超だというが…?

 どういうことかというと、「その色で描けるもの」に引きずられているのだ。緑の葉っ、茶色い、紫のドウ、ピンクの、水色の線で囲われたふわふわ、、、、の雲。

 これは親である私の怠慢で、クレヨンを押しつけられて何か絵を描いてとせがまれるたび、同じものばかり描き続けていたらこうなった。今は慌てて正しい色の名前を教え直しているのだけれど、なかなか覚えてくれない。

 ああ困った。でもどうしようもない。

 だって、私には絵の才能が皆無なのだ。大学時代、サークル仲間に「画伯」と呼ばれていたくらいには。複雑なものを描こうとすると何だかよく分からなくなってしまうから、シンプルな形の果物や雲を描くよりほかに道がない。夫はもっとひどくて、娘にクレヨンを手渡されると、お絵かき帳にデータベースのアイコンや数式を書き始める(※夫の職業はデータサイエンティスト)。絵を描くのがこれほど苦手な私たち夫婦のもとに生まれたにもかかわらず、なぜ娘は朝起きると真っ先に子ども用のお絵かき机にすっ飛んでいき、延々とクレヨンで画用紙を塗りつぶし続け、嬉々としてクレヨンを手渡してくるのだろう……。

 そんなことを考えていたある日、「数学は87%、IQは66%、収入は59%が遺伝の影響! 驚きの最新研究結果とは」と題された過去のニュース記事に行き当たった(AERA 2019年7月29日号)。

 慶応大学文学部教授(教育学)で、ふたご行動発達研究センター長である安藤寿康さんの研究結果を引用した同記事によると、数ある人間の才能のうち、最も遺伝の影響が大きいのは音楽(92%)、次に数学(87%)、スポーツ(85%)という順番になるらしい。反対に低いのはチェス(50%弱)や外国語(50%程度)。そして意外にも、美術も遺伝の影響が60%に満たないという結果だった。つまり美術の才能の半分近くは、育った環境の影響により、後天的に決まるのだ。

 そう思うと、なんだか勇気が出る。果物やデータベースのアイコンくらいしか描けない両親のもとに生まれた娘が、例えばイラストレーターやデザイナーになる未来もありうるということではないか……⁉ って、捕らぬ狸の皮算用も甚だしいのだけれど、まあ、なんというか、娘のお絵かきへの執着ぶりに説明がついたような気になった(それでも遺伝の影響が50%以上あると思うと、下手の横好きになりそうで、親としてはなんだか申し訳ないのだけれど)。

 その記事を眺めていて、もう一つ、個人的に驚いたことがあった。

 遺伝の影響が大きい才能を順に並べたとき、「音楽」「数学」「スポーツ」の次にくるのが「執筆」だったのだ。遺伝率は80%超。小説の執筆を生業にする者としては、はっとさせられる研究結果だ。


*辻堂ゆめの本*
\祝・第24回大藪春彦賞受賞/
トリカゴ
『トリカゴ』
東京創元社
 
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
『十の輪をくぐる』
小学館

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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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