辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第23回「侮るなかれ、マタニティブルー」

辻堂ホームズ子育て事件簿
周囲の妊娠ラッシュで
知った「産後ケアホテル」。
これからは一般的になるのかも?

 でも──、と思う。もちろん周りの理解があれば、少しは気持ちが救われる。だけどその時期の母親というのは、産後のダメージや深夜の頻回授乳による睡眠不足により、資本であるはずの身体がそもそも極限状態にあるのだ。夫がまとまった休みを取れたり、里帰り先の親が協力的だったりすれば、複数人で交替しながら面倒を見ることも可能かもしれないけれど、夫や親の仕事等の状況によっては、母親が育児のほとんどを抱え込まざるを得ない場合も多々ある。ちなみに子どもを産む前は、「産後のお母さんってすごいよな~、アドレナリンみたいのが出て、ちょっとしか寝なくても大丈夫になるんだろうな~」なんて呑気に考えていたのだけれど、全然そんなことはなかった。普通に眠いし、普通に死にそうになる。どんなに周りが優しく声をかけてくれても、身体がボロボロになれば、心だけ無事というわけにはいかない。これってどうにかならないものなのか。母親たるもの、やっぱり根性で何とかしなきゃいけないのか……。

 そんなことを考えていた矢先、目から鱗の出来事があった。

 昨年の春頃、友人のひとりから妊娠の報告を受けた。「おめでとう! 産前産後は里帰り?」と尋ねると、「ううん、退院した後は産後ケアホテルに1か月宿泊する予定なんだ。ドリンクも飲み放題だし、景色も最高だから遊びにきてね!」と言う。

 ……産後ケアホテル???

 状況を呑み込めずにさらなる説明を求めると、友人は丁寧に教えてくれた。近年、中国や韓国などの東アジア圏では、リゾートホテルのような産後ケアホテルに長期滞在する文化が広まりつつあるのだという。そこでは助産師さんが24時間体制で保健相談や育児指導をしてくれ、昼でも夜でも赤ちゃんを預かってお母さんを休ませてくれる。旦那さんや他の家族ももちろん泊まれるし、エステや岩盤浴もできるし、カラオケボックスやベビーフォトスペース、無料のカフェラウンジなども完備されている。産後すぐのお母さんが休息を取りながら育児をゆったり開始できる施設なのだ、と。

 気になるお値段は、1泊4万円、1か月弱で100万円超。はじめ金額を聞いてひっくり返りそうになったものの、友人の事情を知り納得した。里帰り先の実家が遠方で、さらに祖父母の介護にも追われているため、「帰ってきてもらっても十分に手伝えないと思うから、代わりにゆっくりホテルに泊まって」と、ご両親が費用を全額出してくれたのだという。なんでも、数は少ないけれど日本にも同様の施設があるからと、中国在住のご親戚が勧めてくれたのだそう。

 その友人が先日無事に赤ちゃんを出産し、ドキドキしながら会いに行ってきた。子ども連れでは迷惑かと思ったのだけれど、小さい子のための絵本なども揃っているというから、2歳の娘も一緒にホテルへ。

 友人が語っていた前情報のとおり、何とも素敵な場所だった。ソファが置かれたラウンジでは、身体によさそうなハーブティーをはじめとしたドリンクが飲み放題。窓からは青い海が見える。キャスター付きの新生児ベッドを愛おしそうに押している他のお母さんたちの姿もちらほら。娘も広々としたロビーを駆け回って大喜び。ちょうど仕事が休みで泊まりにきていた友人の旦那さんも、友人と同じ立場でのびのびと育児に携わっている。赤ちゃんは本当にいつでも預かってもらえるらしく、優しそうなスタッフの方々が親切に対応してくれる。そのおかげか、産後すぐで疲れているはずの友人の表情は、とても柔らかかった。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。最新刊は『二重らせんのスイッチ』。

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