辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第26回「IT時代の親、慣らし保育に挑む」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ツイッターのトレンド欄に
「慣らし保育」「ギャン泣き」
が並んだ4月。我が家はというと。

 寂しい──と、いえば。

 慣らし保育期間中に『ギャン泣き』という言葉が毎日ツイッターのトレンドに入っていたと書いたけれど、我が家の子どもたちは、ほとんどと言っていいほど『ギャン泣き』しなかった。1歳息子が初日の朝に少し泣いただけで、3歳娘に至っては後ろを振り返りもせずにずんずんと保育室に入っていき、お迎え時の第一声はなんと「ようちえん、たのしかったー!」。さらには金曜夜も土曜夜も、「あしたはようちえん?」とワクワクした様子で訊いてくる(「幼稚園はお休みだよ」と返すと、「●●ほいくえん?」「▲▲ほいくえん?」とこれまでに利用したことがある保育園の名前を次々に挙げ始める始末。今まで特に保育園を楽しみにすることはなかったのに……)。入園式の日も早くから出かける準備を始め、逆に待ちくたびれて機嫌が悪くなるくらいだった。まあ、一時保育で預けられ慣れていたからだとは思うけれど、こんなに行きたがられてしまうと、親としてはちょっぴり寂しくなったりもする。

 そして今朝は、初めてのバス登園だった。娘が入園した幼稚園はIT化が進んでいて、連絡アプリ上で、通園バスの時刻表や30秒ごとの位置情報、『あと●分で到着します』という目安の時間までもリアルタイムに確認することができる(欠席連絡や預かり保育の申し込み、園からの行事予定表や給食献立表の配布なども、なんとこのアプリ1つで済む。さすが令和、便利なことこの上ない)。その連絡アプリによると、運行初日の朝のバスはいきなり15分も遅れていた。そりゃそうですよね、年少さんはママと離れたくなくて、みんなバス停で泣いてるでしょうしね──などと同じバス停に集ったお母様方と話していたのも束の間、娘は園バスが到着するなり、周りのお友達を抜かしてしまうほどの勢いで一目散に乗り込んでいった。

 体操着姿の小さい背中がバスの中に消えていく。お母さんや先生の腕の中で反り返って泣いている同じ新入園児の男の子を横目に、私は若干拍子抜けしつつ、すました顔で席に座っている娘の写真を窓ガラス越しに撮った。

 親離れの第一歩なのかな、と思う。

 娘がそのつもりなら、私も少しずつ子離れしなければならない。でも突然すぎて、心の切り替えがいまいち上手くいかない。朝、私と玄関で別れるときに泣いてくれる1歳息子がいるからまだいいものの、その息子だって、来週や再来週には笑顔で夫に運ばれていくようになるはずだ。

 娘は幼稚園の何がそんなに好きなのか。息子は保育園ではどんなふうに遊んでいるのか。自分の子どもたちだけれど、知らないことが徐々に増えていく。

 仕事中、小説のアイディアを書き留めようとして引っ張り出してきた裏紙が、娘がカラフルに仕上げた塗り絵だったりする。私が子どもたちを育てる以上に、子どもたちが親としての私を日々育ててくれているのだろうなと、ふとそんなことを考えてしまう。

 仕事と育児。その比率は刻々と変わっていく。今回子どもたちがフルタイムで幼稚園や保育園に通い始めたことで、働く母親としては第2段階に進んだことになるだろうか。これで刊行点数が増えるかと思いきや、仕事の時間が延びても案外アウトプットの量は変わらないのが作家という職業なのかもしれない。あ……いえいえ、書きますけどね!

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。

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