辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第26回「IT時代の親、慣らし保育に挑む」

辻堂ホームズ子育て事件簿
ツイッターのトレンド欄に
「慣らし保育」「ギャン泣き」
が並んだ4月。我が家はというと。

 2人の子どもを連れて11時半に帰宅すると、はぁ~っとため息が出た。まだ午前中なのが信じられないくらい、すでにやり切った感がある。何気なくツイッターを開くと、親近感のある単語がトレンド欄に並んでいた。

『慣らし保育』『慣らし保育初日』『ギャン泣き』『保育士さん』──。

 ああ、みんな一緒なんだ、と思わず笑みが漏れてしまった。記念すべき慣らし保育1日目、ギャン泣きする子どもが保育士さんに抱かれていく姿を、後ろ髪を引かれつつ見送る。2時間後に迎えにいくとやっぱり子どもはギャン泣きしていて、保育士さんがニコニコしながら園での様子を教えてくれる。そのことを、日本中の親がツイッターに書く。人気ワードになる。それでトレンドが似たような単語で埋め尽くされる。そういえば私だって、朝から『慣らし保育』というワードを含む投稿をしていたなと、今さらのように気づかされる。

 てんてこまいなのは私だけじゃないんだ──ツイッターのトレンド欄を見ていると、安堵感とともに、肩の力が抜けた。家のリビングでスマートフォンの画面を見ているだけなのに、顔も名前も知らない日本中の親たちと連帯感が生まれる不思議。核家族化が進んで久しいけれど、ある意味、昔より親が孤立しない時代になったのかもしれない。外で働いている親だけでなく、めったに人と会わない仕事をしている私のような親も、はたまた専業主婦も、〝今、みんな同じ気持ちを抱いている〟ことを簡単に共有できるのだ。それもテレビなどの媒体に主導される形ではなく、自分たちの中で自然発生した感情を、ごくリアルタイムに。

 ここで冒頭の言葉に戻る。「子育ては団体戦」。家族や友人だけでない、数十万人、数百万人もの親が、私の味方。

『慣らし保育』『ギャン泣き』といった言葉は、その後数日間にわたってツイッターのトレンドに入り続けていた。先月日本がアメリカを破って優勝したWBC開催期間中や、年末に紅白歌合戦が放送されているときのような、巨大なお祭り騒ぎのただなかにいるようで、やはり気分は悪くなかった。幼稚園や保育園に所属した子どもたちを通じて、母親の私自身も社会に参加している感覚がちゃんとある。家でひたすらPCに向かうだけの仕事をしているとたまに忘れそうになるけれど、これってたぶん、すごく大事なことだ。

 日本中の親の間に連帯感が生まれる瞬間というのは、別に慣らし保育だけではない。年度が切り替わる3月後半から4月頭にかけては、NHK Eテレの子ども向け番組で出演者の交替が発表されるたび、全国の親たちがつぶやく『●●おにいさん』などのワードがトレンド欄の一角を盛り上げていた。有名人のファン同士のコミュニティみたいだ、と思う。〝推し〟を作ろうとか、同じ状況の人たちとインターネット上で積極的に交流しようとか、そんな努力をした覚えもないのに、いつの間にかそのコミュニティの一員になっていて、話題の移り変わりを日々楽しんでいる自分がいる。

 処理しきれないほど大量の情報が飛び交うIT全盛時代。いいことも、悪いことももちろんある。いろいろな人の本音が簡単に覗けてしまう世の中で、どこか窮屈に感じることもあるけれど、一度SNSありの子育てを経験してしまうと、そうでない子育てはなんだか寂しくなってしまいそうだ。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。

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