辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第27回「夫婦は仕事のパートナー その2」

辻堂ホームズ子育て事件簿
共働き家庭の家事分担。
試行錯誤した結果、
それぞれの個性をフル活用!?

 だけど夫は違った。味噌汁一つ作るにも、お手軽な顆粒だしは決して使わず、きちんと昆布や鰹で出汁を取る。パスタはソースから丹念に自作し、仕上げにトングで攪拌して乳化させる。子ども用のミネストローネは、野菜の甘みを引き出すためにまず白ワインで蒸し焼きにし、風味づけに欠かさずローリエの葉を入れる。たぶん私の知らないところで、もっといろんな点を工夫している。そうして出来上がった料理を食べる傍ら、プロの料理人がレシピや技術を紹介する YouTube 動画を流し、次の料理に備えて何やら熱心に研究している。

 私と夫とで何が大きく違うのかというと、それは食へのこだわりだ。冷凍のお弁当や市販のパスタソースである程度満足できてしまう私と、「人生で食事をできる回数は限られているのだから毎食自分が本当に食べたいものを食べたい」と真顔で口にする夫。現在の居住地への引っ越しが決まった際、真っ先に子どもの保育園や幼稚園をリサーチし始めた私と、周辺の評価が高い飲食店をひたすらインターネットで物色していた夫。外資系IT企業に勤める彼も大概〝費用対効果〟という言葉に脳を蝕まれているはずなのだけれど、つまるところ、自炊をすることによる〝効果〟の感じ方に夫婦で雲泥の差があるというわけだ。

 だったら、料理と買い物はお任せするから、私は育児の大半を担当するよ──私がそんな交換条件を出し、夫がそれを喜んで承諾するのも時間の問題だった。私が気力を総動員して一生懸命ご飯を作ったところで、グルメな夫を満足させるものを作るのは相当に難しいし、逆に夫は、おむつ替えや保育園の持ち物準備などの育児に、私よりはるかに負担を感じていたらしいのだ。キーワードは適材適所。負担は変わらず「折半」でありながら、それぞれの心理的負担が大きく減る、ある意味最も効率的な家事分担の方法。

 すべての家事を2人で一緒にやっていた結婚当初から、5年間かけて細かい交渉と〝交換〟を繰り返し(時には紙にタスクを書きだして話し合ったりもしたような……)、今ではお互いが真に納得のいく理想的な比率に収まっていると自負している。料理は100%夫だけれど、ご飯を炊いたり麦茶を作ったりする雑務は私が担う。買い物は毎日の料理で使う生鮮食品が夫で、ストック用の調味料や日用品などが私。子ども用の食事を作り置きして小分けにして冷凍するのは夫の仕事だけれど、週に1回棚卸をして在庫の残数を夫にレポートするのは私の仕事。皿洗いは夫、洗濯は私。掃除はざっくり床が私、水回りが夫。ゴミ出しの曜日は私が把握していてだいたいのゴミをまとめて玄関に置き、それに気づいた夫がキッチンのゴミを整理してからゴミ捨て場に持っていく。

 育児全般は私がやるものの、これはどうしても負担が重いため(子どもが体調を崩して園から急に呼び出し、なんてのもあったりするし)、朝は夫にすぐ近所の保育園まで息子を送っていってもらったり、最も手がかかるお風呂は身体をバスタオルで拭いてパジャマに着替えさせるパートを担当してもらったり、週末のどちらかの朝に子どもたちを見てもらって不足しがちな睡眠を補ったり、たまに私が友人と遊ぶときや美容院などに行くときは子守をお願いしたり……と、夫にも多分に協力を頼んでいる。その代わり、夫の仕事が忙しいときは、子どもたちのための作り置きさえ用意してもらえれば、自分たち夫婦のための料理は最低週1でOKということにしている。そういう日のために、私は常に自分用の冷凍食品をストックしている。また、夫が朝ご飯を食べない人間なので、私も朝はコーンフレークなどで済ませ、昼ご飯も各自適当に買っている(お互いほぼ在宅勤務であるにもかかわらず)。

 担当大臣制、と私たちはふざけて呼んでいる。夫が「料理担当大臣」や「水回り担当大臣」で、私が「備蓄品担当大臣」や「育児担当大臣」。完全な専任というわけじゃないけれど、割り振られた業務については大臣職に就いている者が主に責任を負い、指揮を執る。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『答えは市役所3階に』。

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