辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第2回「赤ペンが好きすぎる」
大きな誤算があって……。
人気作家の子育てサバイバル!
娘がこれほど物に執着したのは初めてのことだった。どんなおもちゃよりも、赤ペンが好き。
いや……でも、なぜなのか?
調べてみたところ、赤というのは、新生児や乳児にとって見えやすい色らしい。赤ちゃんは視力が悪く、特に生まれた直後は世界がモノクロに見えている。その後だんだんと、色を識別できるようになるわけだ。中でも赤や青などの鮮明な色は、早い段階で認識しやすいのだという。
そういえば娘は、生まれて間もない頃から、里帰りしていた実家の赤いカーテンばかり眺めていた。ぐずっているときは、わざわざ昼間でもカーテンを閉めて、「ほら! 赤いカーテンだよ!」と見せていたほどだ。するとぴたりと泣き止む。それくらい、抜群の効果があった。
なるほど、だから赤ペンへの執着がすごかったというわけか……。
と、謎が解決したような気になっていたものの、赤いおもちゃなんて他にもたくさんある。ガラガラだとか、積み木だとか。そっちには強い興味を示すことがない。むしろ積み木の箱を開けると、まず娘が手に取るのは青だ。赤には見向きもしない。
それどころか、しばらくすると、黒ペンも奪い取られるようになった。こうなると、サイン本作成作業がピンチになる。ちょうどコロナ禍で出版社に行けないため、書店に置いてもらうサイン本やミニ色紙を自宅で作成することが多かったのだ。最初のうちは機嫌の悪い娘を膝に乗せたままサインを書くこともあったのだけれど、一瞬で手が伸びてくるようになったため、娘が起きている間はなかなか作業ができなくなった。
大事な商品なのだから、万が一にも書き損じるわけにはいかない。それに、奪い取られたペンを無理やり取り返すと凄まじくギャン泣きされてしまうため、その時点で仕事どころではなくなる。
うーん、なぜペン……?
まさか、親の仕事にもう興味を持っているとか……?
というはずもなく、1歳を過ぎた最近になって、ようやく分かってきた。相変わらず赤ペンや黒ペンも大好きだけれど、この頃のお気に入りは黄色い歯ブラシだ。
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』が第42回吉川英治文学新人賞候補となる。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』など多数。