辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第36回「総合病院、診察券再発行の謎」

辻堂ホームズ子育て事件簿
人生すなわちミステリ。
子育てエッセイといえど
すべてが伏線…!?

 さて──ミステリといえば、今回の妊娠に関して、不可解な出来事があった。

 一昨年の引っ越し後、初の妊娠なので、まずは産婦人科選びから始めなければならない。幸いにも自宅から徒歩10分もかからないところに、分娩も取り扱っている大きな総合病院があるので、そこの産婦人科にかかることにした。息子が生後10か月のときに、RSウイルスに感染して肺炎を発症し、8日間にわたって入院したのと同じ病院だから(第20回「29歳母の試練」参照)、息子の診察券なら持っているし勝手も分かっているのだけれど、私自身が受診するのは初めてだ。初診患者として受付をし、待合スペースの長椅子に座っていると、すぐにカウンターに呼び戻された。

「以前、水戸にお住まいでしたか?」
「……え? はい」
「旧姓は〇〇さん?」
「……そうです」
「診察券番号がありましたので、そちらでカードを再発行しますね。少々お待ちください」

 水戸。父の転勤で9歳まで住んでいた懐かしの地だ。いや、確かに住んでいたけれど……なぜ水戸? その後、神奈川県内やらアメリカやら、何度も転居してるのに……?

 もしかして系列の病院があって、患者のデータを共有しているのかな、と考えた。ありえなくもなさそうだ。記憶はないけれど、水戸に住んでいた幼少期に、母に連れられてその系列病院の小児科を受診したことがあり、情報が残っていたのかもしれない。

 それにしても、結婚して苗字も変わっているのに、大して珍しくもない下の名前(本名)と生年月日だけでよく照合したものだ。保険証の発行元の組合は当然変わっているし、当時はマイナンバーカードだってないのだから、使える情報はそれくらいしかないだろう。全国、もしくは関東各地に系列病院があるような大きな組織なら、データベースもさぞ膨大なはずだ。同名で生年月日も一緒の患者が複数いたっておかしくなさそうなものだけれど……。

 と、あれこれ首をひねっていて、ようやく思い当たった。

 一昨年に私が家族ともども引っ越してきたのは、空き家になってしまった母方の祖父母宅である(第19回「引っ越しいろいろ」参照)。また、私は3人きょうだいの長子だ。私が娘を産んだときもそうだったけれど、特に第1子を出産するときには、一般的に、里帰り出産をする女性が多い。私の母もそうだった。私は0歳から水戸で育ったが、生まれは母の出身地である神奈川県の某自治体だ。

 つまり私の母は、今から31年前、父の転勤先の水戸から、現在私が住んでいる神奈川県内の家に里帰りをした。

 そして最寄りの総合病院で私を産んだのである──。

 考えてみれば簡単な話だった。総合病院で生まれた赤ちゃんは、通常、その病院の小児科で産後の健診を受ける。その際に新生児の私に対して発行された診察券番号が、きちんとデータに残っていたのだ。そしてこの病院のデータベースに、下の名前と生年月日が完全一致する人間は、現在に至るまで、私しかいなかった。

 水戸の系列病院仮説は、まったくの間違いだった。単に、祖父母宅の最寄りの病院で生まれた時点の私の「現住所」が水戸市になっていて、その後31年にわたって一度も更新されていなかっただけ。病院単独のデータベースがそこまで大きなものではなかったため、たまたま照合できたというのが、事の真相だった。


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『山ぎは少し明かりて』。

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