辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第38回「母(妻)が作家、とかいう悲劇」

辻堂ホームズ子育て事件簿
園長先生がまさかの読者!?
母が小説家であることで、
育児中に発生する諸問題。


 2024年4月×日

「『ダ・ヴィンチ』出てましたね~! 見ましたよ~!」

 先日、保育園のお迎えにいくと、園長先生にテンション高く声をかけられた。

 現在2歳の息子が保育園に通い始めてから、早1年になる。私の職業が「執筆業」であることについては、入園前面談の時点で明かしていた。「お母さん、お仕事は?」「ええと、文章を書く仕事です」「どういうところに載るんですか?」「うーんと……雑誌(文芸誌)とか?」「あらそうなんですね~!」という、決して嘘はついていないもののミスリードすぎるやりとりが記憶に新しい。

 これまでエッセイにも何度か書いてきたように、私は一応、園の先生方やママ友たちには小説家であることを伏せる方針で生活している。子どもたちにもまだ伝えていない。そのほうが私も気楽だし、予測不能な影響を心配しなくて済むからだ。娘の幼稚園のほうはマンモス園ということもあって面談で親自身のことを特に聞かれることもなく情報統制は万全、小規模園である息子の保育園も上記の対応で上手く乗り切れた──とばかり思っていたのだけれど、よくよく考えれば、園の事務担当の先生にまで素性を隠しきるのは難しい。なぜかって、個人事業主の場合、保育関係の提出書類の中に「確定申告書のコピー」が含まれるからである。確定申告書の1枚目には、『職業:作家』『屋号:辻堂ゆめ』と、開業時に税務署に提出した情報がばっちり記載されている。

 というわけで、入園して数か月経った頃だろうか。息子の保育園の園長先生に声をかけられた。

「あのね、お母さんのペンネームを見てなんだか見覚えがあるなぁとずっと思ってたんですけどね、うちの本棚にデビュー作があったんですよ! 『いなくなった私へ』!」

 なんと園長先生はミステリ好きで、よりによって私の本の読者だったのである。

 もちろん、とてもありがたい話だ。ありがたすぎて恐縮してしまう。しかし恥ずかしい。とっても恥ずかしい。デビュー作なんて、母親になる遥か前、大学生のときに書いた話だ。それを息子が大変お世話になっている先生に読まれてしまっているなんて……(あぁぁ)。

 その後、園長先生は、私の代表作(とよく言われている)『トリカゴ』も読んでくださったらしく、「面白かった~!」と息子のお迎え時にご感想をいただいた。そして冒頭の『ダ・ヴィンチ』のインタビュー記事もたまたま目に留まったようで、「ママすごいねぇ!」「●●くんも将来は作家かな?」などとしきりに息子に声をかけていた。当の息子は、ぽかんとした表情で保育園の入り口に突っ立ち、「先生さようなら、みなさんさようなら」の挨拶に向けての臨戦態勢(=気をつけ)で待機していたわけだが……。

 息子は何も知らない。彼を取り囲む大人たちだけが情報を知っていて、将来をあれこれ楽しく想像したりする。国語も読書も、好きになるかどうかさえまだ分からないのに。

 ……母が作家、とかいう悲劇。

 その後、保育園に息子を送っていく担当の夫も、翌朝園長先生に声をかけられたらしい。

「見ましたよ、ママ雑誌に載ってましたね~! パパ、いつでもお仕事辞めて、ママのマネージャーになれますね!」


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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