辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第38回「母(妻)が作家、とかいう悲劇」

辻堂ホームズ子育て事件簿
園長先生がまさかの読者!?
母が小説家であることで、
育児中に発生する諸問題。

 だが夫にも原因はある。勤め先のIT企業が服装に関して緩いからと、男性にしては髪がとにかく長いのだ。私が以前文学賞をいただいて贈賞式に参加したときは、髭も生やしていたせいか、「旦那さんのほうが作家っぽい」と周りに言われてしまったくらい。つまり、無職に見られたのも自業自得ですよねぇ(?)。

 まあ……以上に挙げたような「悲劇」は全部笑って流せるようなことなのだけれど、これを本物の「悲劇」にしないよう気をつけないといけないな、とは肝に銘じている。

 というのも。

 今の時代には、デジタルタトゥー、という言葉がある。

 インターネットに掲載された情報が、一度拡散されると半永久的にインターネット上に残されることを指す。子育て界隈でいうと、誰でも見られるSNSや動画サイトに親が子どもを顔出しで載せること、などを非難する意味合いで使われることが多い。

 先日、「君はアナログタトゥーを刻んでるね」と夫に言われた。

 ……この子育てエッセイのことらしい。

 まあ、うん。なんだか罪悪感のわく言葉だ。3年前、小説以外の連載のご依頼を初めていただいて嬉しくなり、深く考えずに始めたお仕事だったけれど、このごろは私も常々、内容の取捨選択はもちろん、引き際をどうするかについても悩んでいる。こうして家庭内のことを気軽に発信できるのも、赤ちゃんに毛が生えたくらいの年齢までなのかな、と。せいぜい未就学児まで、が目安だろうか。どんな思い出も「可愛かったよね」「面白かったよね」と、親子で笑って振り返ることができるのは。

 例えば先日、絶賛反抗期中の2歳息子が大嫌いなキャベツを、私や夫がどんなに食べさせようとしても撃沈するのに、4歳娘が「キャベツたべる? ほんとうに? くちからださないでね? じゃあいくよ、あーん」とお母さんぶってスプーンを口に運ぶと、難なく成功してしまったこととか(その後、娘は盛大に拍手をして息子の偉業を褒め称えてあげていた)。

 私が妊娠中でコーヒーを飲めないので、カフェイン含有量の少ないココアを「にが~いコーヒーだよ」と偽ってこっそり子どもたちの前で飲んでいたはずが、文字を書く練習にハマっている娘が『ココあ』と書かれたお絵かきボードを持ってきて、「ママのだいすきなココアだよ~!」と恐怖の報告をしてきたこととか(なんで真実を知ってるんだ!)。

 幼稚園のクラスでお手紙交換が流行っていて、『▲▲くんへ だいすきだよ ●●より』と書いたラブレター(?)を娘がひらがな表を参照しながら一生懸命作成、それを目にした夫が嫉妬に駆られて「断じて許さん!」と怒りに燃えていたところ、「▲▲くんおやすみだったから、□□ちゃんにあげた~」と娘があっさり言いながら帰宅してきたこととか(□□ちゃんのお母様、困惑されただろうな……)。

 子育てはワンダーランド。

 毎日刺激が多くて飽きることがない。でも、子どもの自我が育ちつつある中で、こうした日常の出来事を気楽に綴れるのは、果たしていつまでなのだろう。

 これから第3子も生まれるから、下の子たちにもうしばらく楽しませてもらえるのかな、とは思うけれど。

 子育てエッセイとは親のエゴでいつまでも続けられるものではないということを理解した上で、今しか書けない心境やエピソードを一つ一つ、大事に書いていきたいものである。

(つづく)


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辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『二人目の私が夜歩く』。

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