辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第48回「保活大戦争」

3人分の子どもたちの〝保活〟。
それは血で血を洗う大戦争──。
暗い話はともかく、そうそう、引っ越しである。
それも未就学児3人を連れて。となると、発生するのが、あれだ。
保活。
ほ・か・つ。
就活が就職活動の略だから、保活は保育園活動? 保育園入所活動? とにかく、只事ではないのである。
まず取り掛かるのは、近隣の保育園のリサーチだ。引っ越し先には、徒歩で通える保育園、もしくは駐車場つきの園があるのか。3人を通わせられるだけの空き枠があるのか。あったとして、他の家庭との競争に打ち勝ってその枠を奪取できるのか。負けた場合は悲惨だ。未就学児が3人いると、いっぺんに自転車で送迎するという手段は無慈悲にも選択肢から消える(3人乗せは法律違反)。となると、2人を自転車で送って1人は徒歩か車とか、その逆とか、もしくは無理やり長い距離を子ども3人連れて歩くとか……いやぁ……想像するだけで地獄じゃないか……!
しかも、だ。引っ越し先の役所に電話して、頭を抱えたくなる事実が発覚した。申し込みの際に、『希望順位が低くてもきょうだい同園を優先する』という欄にチェックをすることができるのだけれど、もし3人が同園に揃わなかった場合、「3人のうち任意の2人が揃う園」に決定するらしい。つまり、「幼児2人は自転車で行ける園、赤ちゃんだけはベビーカーで近くの園へ」といった細かい指定はできないのだ。ただし裏技として、末っ子の申請書の希望欄に0-2歳児専用の小規模園のみを書けば、上2人が揃うパターンで選考されるという。
うーん……3人同園を希望したいけれど、5歳長女と0歳次女が同園で3歳息子だけ別園に決まったりしたら、仲のよい長女と息子がひどく悲しみそうだし……。かといって末っ子が最初から小規模園決め打ちというのもなぁ……。ああもう、どう書くのが正解なんだ!? 入所したい子どもが3人以上いる場合の保育園申請、難しすぎないか!?
──と大混乱しつつ、昨年夏の次女出産前後から保活をスタートした。片道1時間以上離れている引っ越し先に何度も足を運んでは、ひたすら保育園見学をする。やはり3人同園の魅力は捨てがたいから、少しでも当選確率(とあえて言おう)が上がるように、最低でも第10希望までは書こうと決める。見学中に出会ったママの話によると、この地域ではみんなだいたいそれくらいは書いているらしい。
でもどこの保育園も、大抵は午前の活動の時間に見学を設定するから、どんなに頑張っても1日で1、2園しか回れない。出産前は大きなお腹ではるばる出かけていき、産後は生後1か月の子を抱えて──途中からはさすがに音を上げて、夫婦間で確認事項のリストを共有した上で、二手に分かれて同じ時間帯に別々の園の見学に行くことにした。そしてGoogleスプレッドシートに各園の情報を集約し、比較検討のうえ希望順位を決定する。
3人同園の可能性に賭けるのか、あえて末っ子の希望欄からは省いて上2人を揃えるのか。もし2園か3園に分かれた場合は、送り迎えは誰がどの交通手段で行うのか。考慮すべき要素と組み合わせのパターンが多すぎて、頭が痛くなる。
引っ越し先は、おそらく都内ほどの保活激戦区ではない。だけど0、3、5歳児がすべて常に定員割れの保育園はない。一気に枠が空く4月入所とはいえ、油断はならない。ノートパソコンに表示したスプレッドシートの表を参照しながら、3人分の申込書に、決して間違えることのないよう、希望の園名を10ずつ清書していく。ああ……『保育園』の漢字が30個。全部の書類が3枚ずつあるから、苗字を書くのは30個どころじゃない。ゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
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「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ
1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。