辻堂ゆめ「辻堂ホームズ子育て事件簿」第48回「保活大戦争」

辻堂ホームズ子育て事件簿
引越しに伴い発生した
3人分の子どもたちの〝保活〟。
それは血で血を洗う大戦争──。

 子どもを保育園に入れた経験がある方は当たり前にご存じだろうけれど、保活には「ランク」と「加点」というものがある。我が家の場合、夫婦ともに週5日フルタイムで働いているからランクは最上位(在宅勤務や個人事業主だと不利になる自治体もあるけれど、引っ越し先はありがたいことにその区別がなかった)。同ランクで並ぶと、「ひとり親」「きょうだい同時入園」などの加点の多さにより、血で血を洗う戦いを繰り広げることになる。

辻堂「これを見よ! きょうだい同時入園の加点カードだぁ! うちは未就学児の人数が3人だから2人の家庭とぶつかったら絶対に勝てるぞぉ! そして伝家の宝刀! 小規模保育園卒園児の大量加点(3歳息子の)! 小規模保育園在園児の加点もダメ押しで追加だ(0歳次女の)! これでどうだー!!」
他の親御さんたち「うわぁぁぁぁ、やられたぁぁぁ」

 ……という未来に期待しつつ(?)、秋に申請を済ませた。結果が出るのは1月後半から2月前半。長い。文学賞の候補に入ったと知らされてから選考会当日までの落ち着かない日々を思い出す。あれだってせいぜい1か月半くらいなのに、こっちは3か月だもんなぁ──と初めのうちは肩を落とし、いよいよ発表の時期が近づいてくると胃の痛みを我慢しながら結果を待った。

 大学の合格発表や新人賞の結果発表ほどではないけれど、やはり文学賞の待ち会に肉薄する程度の緊張感はある(大げさでなく)。だって、3人全員が徒歩5分の園に決まるのと、自転車や車も使ってバラバラの園に毎朝連れていく羽目になるのとでは、人生の大勢は変わらないまでも、毎日の生活がまるきり変わるのだ。空き枠の見積もりが甘く、3人のうち誰かがどの保育園にも決まらない──という最悪のケースも起こりえないわけではない。それだけは絶対に避けたい。お願いだから、3人同園に! 欲を言えば、第3希望以内の園に決まっていてください──!

 発表日間近になると夜も眠れずに(大げさでなく)、2~3時間に1回は自治体のホームページを更新しながら(これも大げさでなく)、その瞬間を待った。まずはサイト上に、4月入所の二次申請をする人たちのために、先んじて各園の空き枠が公開される。なんと自治体のサイトが更新されたのは、完全に油断していた真夜中だった。深夜3時、次女の授乳対応をしながら、震える指でスマートフォンの画面をスクロールする。

 数秒後、第3希望の園に0、3、5歳児すべての空き枠がある、という驚愕の事実が確認された。この時点で、第3希望以上の同園がほぼ確定──! 声にならない悲鳴を上げ、別室で寝ている夫に喜びのLINE爆撃をする(就寝中はサイレントモードにしてあるので通知音は鳴らない)。

 それから2日後。

 引っ越し先の自治体の保育課からの電話により、我が家の子どもたちは3人とも、第1希望の徒歩5分の園に入所決定したことが知らされた。

 あんなにたくさん保育園見学に行った意味はあったのだろうか、と思わなくもないが、それは結果論に過ぎない。今は3人バラバラの園なので、「4月から同じ保育園に通えるよ!」と長女と息子に伝えると非常に喜んでいた。

『保育園落ちた日本死ね』──2016年の新語・流行語大賞でトップテンに入った、待機児童問題を痛烈に批判する有名なフレーズが頭をよぎる。

 幸いなことに、その言葉を口にするような結末にはならなかった。だけどそれは、たくさんのパイオニアたちが道を作ってくれたおかげだと思っている。

 今から8年ほど前に、芥川賞作家の綿矢りささんのインタビュー記事を読んだ。役所で保育園の申し込みをしようとすると、「在宅ってことは家でお仕事されているんですよね? 子ども見ながらは難しいんですか」と担当者に言われてしまい、泣きそうになったという内容だった。当時、私も専業作家の選択肢が視野に入り始めていたため、記事を読んで危機感を抱いた覚えがある。

 その後コロナの大流行があり、在宅勤務への理解が進んだのがよかったのかもしれない。今回の保活を通じて、私のような、あまり一般的でない働き方をしている母親にも、保育園の門戸が広く開かれていることが分かった。『保育園受かった日本万歳!』とネットに書くほどではないけれど、日本も捨てたもんじゃないな、という気にはなった。過去の理不尽な保活をくぐり抜け、行政に問題を訴えて、今の制度の基礎を作り上げてくれた先人ママたちには感謝してもしきれない。

 でも。だけど。

 私が加点カードバトルで勝利を収めたということは、その枠の分だけ、押し出されてしまったご家庭があるわけで。もしかしたらその中には、希望の園に全落ちしてしまった人もいるかもしれないわけで……。

 こんな心臓に悪い思いをして保活をしないと安心して仕事ができない今の世の中は、まだ不便だよね、もっと劇的に変わってほしいよね、と切実に思う。

 ではどのように変えたらいいのか、という具体的なところにはなかなか考えが及ばないから、私は政治家や公務員でなく、小説家の仕事をしているのかもしれないけれど。

(つづく)


*辻堂ゆめの本*
\注目の最新刊/

『ダブルマザー』書影『ダブルマザー
幻冬舎

\大好評発売中/
山ぎは少し明かりて
『山ぎは少し明かりて
小学館
 
\祝・第24回大藪春彦賞受賞/
トリカゴ
『トリカゴ』
東京創元社
 
\第42回吉川英治文学新人賞ノミネート/
十の輪をくぐる
『十の輪をくぐる』
小学館文庫

 『十の輪をくぐる』刊行記念特別対談
荻原 浩 × 辻堂ゆめ
▼好評掲載中▼
 
『十の輪をくぐる』刊行記念対談 辻堂ゆめ × 荻原 浩

\毎月1日更新!/
「辻堂ホームズ子育て事件簿」アーカイヴ

辻堂ゆめ(つじどう・ゆめ)

1992年神奈川県生まれ。東京大学卒。第13回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し『いなくなった私へ』でデビュー。2021年『十の輪をくぐる』で第42回吉川英治文学新人賞候補、2022年『トリカゴ』で第24回大藪春彦賞を受賞した。他の著作に『コーイチは、高く飛んだ』『悪女の品格』『僕と彼女の左手』『卒業タイムリミット』『あの日の交換日記』『二重らせんのスイッチ』など多数。最新刊は『ダブルマザー』(幻冬舎)。

古内一絵『風の向こうへ駆け抜けろ3 灼熱のメイダン』
「推してけ! 推してけ!」第53回 ◆『月とアマリリス』(町田そのこ・著)