椹野道流の英国つれづれ 第12回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯12
花瓶と水盤をテーブルの上に並べ、私とジーンは、暖炉の前の椅子でお茶の時間を楽しむことにしました。
そう、絵に描いたような、クラシックなイギリスのおうちティータイムです。
ちっちゃい頃、ピーターラビットの絵本で、こんな光景見た!
グラナダホームズのいくつかのエピソードでも、こんなん見た!
可愛いコテージ・炎がゆらめく暖炉・古ぼけた椅子・ぼってりしたティーカップ……何もかも完璧!
私だけ、うっかり映り込んだ撮影スタッフみたいな場違い感満点ですが、そこは目をつぶることにします。
それぞれの椅子に腰掛けた私たちは、繊細なお花がたくさん描かれたティーカップになみなみと注がれたミルクティーを飲み、ビスケットをつまみました。
熱々の香りのいいミルクティーに、ジーンはクッキーを半分くらいドボンと浸し、ちょっと気取った仕草で口に入れてみせました。
えっ、浸けちゃうの?
顔じゅうでビックリを表現する私に、彼女はもう一度、今度はエアーで同じ動作を繰り返しながら、教えてくれました。
「ダンクというのよ。ビスケットは何でもいいけれど、私はこのジンジャービスケットをお茶に浸すのが好きなの。お茶にもジンジャーの風味が少しずつ移って、最高に美味しいんだから!」
「ダンク。バスケットボールみたいに?」
「そう、でもね、バスケットボールの選手みたいに勢いよくしては駄目よ。お茶が跳ねてしまうから」
私は頷いて、テーブルの上のお皿から適当に一枚、ビスケットを取りました。
色々な種類のビスケットは、ジーンがお茶と一緒に持ってきた大きくて平べったい缶から、適当に出して並べたものです。
さっきジーンがしていたように、私は細長いビスケットを紅茶に浸し、しばらく待ってから頬張ってみました。
ちょっと硬めのビスケットは、思ったほどは紅茶を吸わないようです。
「浸けたら柔らかくなるのかと思いました」
正直な感想に、ジーンはクスクス笑います。
「そんなに長々と浸けたら、ボロボロ崩れちゃって、持ち上げるのも難しくなるでしょう」
それもそうだ!
なるほど、紅茶に浸したビスケットは、表面が湿っているので、口の中の水分を奪いにくくなります。さらに紅茶の風味と香りが移って、より美味しく感じられるのです。
一方、内部は乾いたままなので、カリカリした歯ごたえの良さは保たれていて。
なるほど、こういうことか!
たっぷりミルクを入れた紅茶なので、同じ乳製品のバターを使ったビスケットと相性がいいのかもしれません。
熱いミルクティーを飲んでみると、なるほど、ビスケットのバニラの香りが仄かに移って、なかなかいい感じです。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。