椹野道流の英国つれづれ 第10回

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◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯10

じゃーん。

さっきまで食事をしていたテーブルを片付け、新聞紙を敷き、そこに水を張った水盤を据え、剣山をその中央にそっと置き。

いよいよ、ついさっきまで見知らぬどうしだった二人による、生け花レッスンの始まりです。

「水盤の中で剣山が滑るときは、剣山の下に折り畳んだ薄い布かペーパータオルを置くと安定しますよ」

なーんてことをたどたどしい英語でどうにか説明しながらも、私は心臓が口から飛び出しそうな気分を味わっていました。

何しろ、ジーンが期待でいっぱいのキラッキラの笑顔で私を見ているのです。

私の前には、持参した花に加えて、ジーンが花瓶ごと持ってきてくれた、ベッドルームに飾ってあったという花たちが置かれています。

うう、こんなことなら、お稽古のときに生けた経験がある、使いやすい花を選べばよかった!

でもまあ、ここまで来たらやるしかありません。

「上手に生けたろ、面白う生けたろと思うから、わざとらしい、おかしなことになるんです。素直な気持ちでお花をよう見て、お花がいちばん素敵なお顔なんはどの向きかな、それだけ考えて生けてみなさい」

お茶とお花の先生は、そんなアドバイスをくださいましたっけ。

そう、雑念は捨てて、素直な気持ちでお花を……って、無理。

雑念しかない!

そもそも先生、私が生けた花を見るたび、「あなたは一生懸命やっているのはわかるけど、どうもセンスがないわねえ」って溜め息をついていらっしゃったし。

確かに昔から、空間を認識する力が弱いというか、立体的にデザインすることが不得手というか、早い話が、三次元に疎いところが私にはあるのです。

それって、生け花においては致命的な欠点で……早い話が「向いていない」ということになるのでしょう。

そんな私が、ジーンにとっては、「生け花を実演してくれる初めての日本人」なわけで、これはもう、申し訳ないどころの騒ぎではありません。

「私、本当にビギナーなので。教えるとか、そういうのは無理なんですけど」

まだ言い訳がましい私に、ジーンは屈託のない笑顔でこう言いました。

「私なんか、いっぺんもレッスンを受けたことがないんだもの。今日はあなたが先輩よ」


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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