椹野道流の英国つれづれ 第11回
◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯11
日本で先生のお宅に伺い、お茶とお花のお稽古をするとき、生徒はいつも私ひとりでした。
先生と二人きりのお茶席。
ひとりで生けて、先生に滅多打ち状態で直される生け花。
短期で教えてください! と無茶なお願いをしたせいもあり、お稽古は常に真剣勝負であり、和やかさとは無縁の厳しくピリピリした雰囲気でした。
先生には、イギリスに行く旨をこっそり打ち明けてあったので、「イギリスで間違ったお作法を披露されてはたまったものではない」という危機感があったのでしょう。先生はいつだって辛辣でした。
あの張り詰めた空気があったからこそ、どうにかこうにかひととおりのことは身に付いたわけで、先生には感謝しかないのですが、しかーし。
ジーンとふたりで、ああでもないこうでもないと賑やかに生けるお花の、楽しいことといったら!
「ねえ、主になるのがワックスフラワーというのはとてもいいと思うし、森を作るのは楽しいけれど、水仙に続いて仲間入りさせるには、オンシジュームはちょっと賑やかすぎるのではないかしら」
確かに、黄色くてランタンみたいな形のオンシジュームの花はとても可愛いのですが、これもまた主役を張れる存在感。
船頭多くして船山に上る、ではないですが、主役級が続々と出てきてしまっては、初心者には生けにくいことこの上なしです。
私はちょっと考えて、答えました。何しろ英語なので、できるだけシンプルにわかりやすい内容にしないと、私自身が混乱してしまって駄目なので!
「賛成です。オンシジュームはやめて、かすみ草を少し使いましょうか。そういえばお花屋さんが、これは『赤ちゃんの息』っていうんだって」
私がそう言うと、ジーンはクスリと笑いました。
「そうなの? 私は聞いたことないわ。この場合、かすみ草は、天高くそびえるワックスフラワーが見下ろす雲、ってイメージかしら」
なるほどー! ふわっとしたかすみ草は、確かに雲のよう。
ワックスフラワーを巨人に見立てる想像力、とっても素敵です。
では、同じく白い花のマーガレットは?
「マーガレットは……そうね、オンシジュームがひとりぼっちだと可哀想だから、一緒に別の花瓶に生けてあげましょう。だけど、下のほうで枝分かれして咲いてる花は、どのみちいくつか切らないと生けられないから、それをイケバナに使ったらどう? 短くなっちゃうけど、使えるかしら?」
私は少し考えてから答えました。
「短くても、いけます。雲の下にいる感じに」
相変わらずたどたどしい私の英語に、ジーンはゆったりと耳を傾け、陽気に相づちを打ってくれます。
「いいわね! まるで、大きな大きなサクラを見上げる私たち、みたいじゃない?」
なるほど、ワックスフラワーの、小さな花がたくさんついている様子は、桜に……は、あんまり似てないかな!
「桜とは……違うかも、メイビー」
お前は木村拓哉か。しかもめちゃくちゃ懐かしいわ!
とは、そのときは突っ込めませんでした。何しろ、今や懐かしのそのドラマすら、まだ存在していなかったので。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。