椹野道流の英国つれづれ 第21回

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◆ジーンとジャック、「我が家」に驚嘆する #1

「あらっ。やっと住むところが決まったの?」

それは、リーブ家に通い始めて、つまりブライトンで暮らし始めて、1か月ほど経った頃のことでした。

サンデーディナーのテーブルを囲んでの私の報告に、ジーンはやや呆れ顔でそう言いながら、お肉のお代わりを勧めてくれました。

本日の主役は、ローストラムです。

ローストビーフ、ローストポーク、ローストチキンと来て、最後にラム。

この4種類をぐるぐるローテーションするのだと、この家に逗留している留学生、クリスことクリスティーナがそう言っていました。

彼女は、私が日曜ごとにやってくることを、とても喜んでくれました。

「あんたがいれば、私は罪悪感を抱くことなく出掛けられるから、助かる。年寄りと焼いた肉を食べて家の中で大人しくしてるより、外で友達と遊ぶほうが私はいいわ」

そんな言葉どおり、彼女は日曜はほぼ出掛けていて、滅多に顔を合わせることはありませんでした。

「退屈なメニューだもん、ローストなんて」とクリスはうんざりした顔で言っていましたが、私にとっては、毎週末に塊のお肉が出るなんて、夢のような話でした。

何しろ、そんな「ご馳走」が食べられるのは、リーブ家だけでしたから。

当時、1ポンドが250円オーバーだったこともあり、イギリスの物価は、特に外食は、目が飛び出るほど高価でした。

パブで、ジャケットポテト、つまり、巨大なジャガイモをオーブンで皮ごと丸焼きにし、パカーンと切り目を入れて、チーズやベイクドビーンズを載っけただけの料理ですら、日本円に換算すれば1000円超え。

ロンドンのジャパンセンターで売っているポッキーが1箱1750円。

他の国から来たクラスメイトたちが、「ここのランチはリーズナブルだよね」と言い合う、メインとスープ、またはデザートという2品だけのランチコースが、2500円だったりします。

それだけ払うというのに、メインはマカロニチーズやフィッシュパイといった、まあまあシンプルな料理ばかり。

スープだって、量だけはこれでもかというほどあるものの、決して凝ったものではありません。

郷に入っては郷に従えとはいえ、そんなカジュアルな料理に、2500円はちょっとね~。厳しい!

日本の外食の価格帯に慣れた、しかも決して経済的に余裕があるわけでない私には、そんな贅沢は許されません。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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