椹野道流の英国つれづれ 第21回

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かといって、B&Bには共用のキッチンなどないので、自炊もできず。

せいぜい、買ってきた食パンと食材で、サンドイッチを作る程度です。

朝はB&Bの食堂でトーストかシリアル、昼は語学学校のカフェでハムサンドかレーズンスコーン1つ、夜はあるもので適当なサンドイッチ。時にはパンとマーガリンだけ。

無理。圧倒的に野菜が足りない。

いや、肉と魚もだいぶ足りない。

むしろ糖と脂肪しか足りていない!

あと、どんなに安い食材を使うとしても、なんならジャガイモしかないとしても、とにかくあったかい出来たての料理が食べたい。

これは一日も早く住む場所を見つけて、B&Bを出なくては。

学校やブライトンの街に少し慣れてくると、そんな焦りが募り始めます。

学校の、学生サポート業務についているアレックスという若い男性職員も、親身になって相談に乗ってくれました。

アレックスは、小さな語学学校で唯一、ゲイを公言していて、はにかむような笑顔が印象的な、物腰柔らかな人でした。何より、早口な人が多い学校において、ゆっくりと噛んで含めるような物言いをしてくれるのが、イギリス英語に不慣れな私にはありがたかったものです。

収入がない、保証人もいない外国人留学生が独力で部屋を借りるのは相当に難しいので、放課後、彼が毎日のように一緒に不動産屋巡りをしてくれて、本当に心強いことでした。

しかし、わけあって当時の私は、手持ちのお金が危機的状況にありました。

学校の授業料だけは1年分前納してありましたが、それ以外はすべて、現地でその都度支払わなくてはなりません。

それなのに、「持ち金」を補充する方法を確立することができずにいたのです。

これについては、また別の機会にじっくり語るとして、今は、事実だけをお知らせするに留めましょう。

とにかく、このままB&Bに逗留し続けると確実に数週間で有り金が尽きる。そんなギリギリの綱渡りをしていた私なので、見つけたいのは、少しでも安い部屋でした。

しかしアレックスとしては、学校の代表として私に付き添っているのですから、ある程度のセキュリティと設備が備わった、学校に近く治安のいいエリアにある部屋を……と願うのは無理もないこと。

我々の希望はまったく合わず、不動産業者に「意見を一致させてから来てくださいよ」と渋い顔をされる始末。

このままでは、一生、部屋が見つかる気がしません。

そこで私は……。

「おいおい、もしかして、勝手に決めてきちまったのか」

薄くスライスしたラム肉にたっぷりとミントソースを塗りつけながら、ジャックがジーンに遅れて、呆れ顔になります。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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