椹野道流の英国つれづれ 第22回
私が不動産屋からの紹介で、破格の月額8000円で借りた部屋は、大昔の消防署だった建物の2階です。
1階は消防車と、それを曳く馬たちを繋ぐ場所だったそうで、今、そこは板金工場になっています。
幸い、工場は、日曜なのでお休みです。いつもは開け放たれている黒い木製の引き戸は、ピタリと閉められ、大きな南京錠が掛かっていました。
「いつもは、音がうるさいの」
トンカチで叩くアクションをしてみせると、「でしょうね」とジーンは肩を竦めました。
引き戸のすぐ脇に扉があって、そこから2階の私の部屋へ上がることができます。
「凄く、古いからね。ジーンとジャックのおうちも古いけど、ちょっと違って」
前もって言い訳をしつつ、私は大きな真鍮の鍵を、鍵穴に差し込みました。
開けるのに少しコツのある鍵で、奥まで突っ込まず、ちょっと手前で回すと解錠できるのです。
木製の扉を開けると、すぐに真っ直ぐで急な階段。
そして、また扉。
再び解錠して、やっと私の部屋に入ることができます。
「二枚扉か。用心はいいな。とはいえ、この階段は、きついぞ。俺はとても住めないな」
ジャックは既に息を弾ませています。申し訳ない!
でも、何だかちょっとワクワクした顔つきをしている彼を振り返り、私はクスッと笑いました。
わかる~! こういう普通じゃない物件、心が躍っちゃうよね!
でも、驚くのはこれからなのだ!
私は目の前の、くすんだ水色のペンキで塗られた扉のノブに手を掛けました。
昔ながらの、真鍮の球体です。
回さなくても、押すだけで扉は開きました。
「どうぞ」
一歩中に入り、脇に退いて、ジーンとジャックを「借り物の我が城」へと迎え入れます。
ドキドキと不安が入り交じり、いつもより鼓動が速い胸元を押さえつつ、私はふたりの第一声を待ちました……。
兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。