椹野道流の英国つれづれ 第31回

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それはともかく、テーブルの準備がおおよそできた頃、ジャックと長男が戻ってきました。

4人で、テーブルを囲みます。

ゲストがいても、飲み物は水。

どうやらリーブ家では、アルコールは外でたしなむもの、という不文律があるようです。

そういえばクリスも、「お酒はさ、部屋で飲むの。別にコソコソしてるわけじゃないけど、ジーンがいい顔しないから」と、自室の床にジンのボトルをズラリと並べていましたっけ。

そのあたりの事情を詳しく聞いたことはついにありませんでしたが、おそらくジャックが若い頃、お酒で色々やらかしたのではないだろうか……と推察いたします。

長男のマイクは、父や他の兄弟と違って、どちらかといえば寡黙な人でした。

別に機嫌が悪いとか、そういうことではありません。

喋るより、聞くほうが得意という感じの、ジャックによく似たガッシリした身体つきの、静かな熊みたいなおじさんでした。

そのマイクは、ジーンから、私が古い家で一人暮らしをしていると聞かされ、太い眉を3ミリくらい上げました。

だいぶ驚いたようです。

「本当に? ブライトンで女の子が一人暮らしは危なっかしいな。ここに置いてあげれば……ああそうか、僕らが育った離れを潰して温室にしちゃったから、部屋がないのか」

出会ってから初めてそんな長い文章を喋った彼は、庭に視線を向けました。

えっ、ここ、離れがあったの?

驚く私に答えたのは、ジャックです。

「離れなんて大層なもんじゃねえ。小屋だ、小屋。潰したわけでもねえ。嵐でぶっ倒れて、勝手に潰れたんだ」

「父は、大工仕事が上手でなくてね」

さりげなく残酷な事実を開陳してから、マイクは私に視線を戻しました。

「くれぐれも、夜出歩いたりせずに。施錠はしっかりするんだよ」

はい、そうしますと私が返事をすると、マイクは少し安心した様子で頷き、しかしこう続けました。

「でも、一人暮らしには、別の問題もあるね」

「別の問題、ですか?」

首を傾げる私に、マイクは真面目な顔でこう言いました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

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