椹野道流の英国つれづれ 第35回

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それなのに!

再びロイズ銀行へ向かった私とアレックスを待っていたのは、前回の女性とは違う、明らかに彼女より上級職と思われる、スマートなスーツ姿の男性の一言でした。

「申し訳ありません。予定される在英期間が1年を切っている方の口座開設は、当行ではお受けしておりません」

そんなぁ。

「そんなこと、以前はなかった! それに、そんなことは前回、少しも触れられなかった!」

呆然とする私に代わって、さすがの温厚なアレックスも、見たことがないほど怒った顔で抗議してくれました。

でも、スーツ姿の男性は顔つきだけは気の毒そうに、でもきっぱりと「私の同僚の不手際はお詫びいたします。ですが、規則ですので、私たちにはどうにもできません」の一点張り。

私たちは、腹立たしさと、それを上回る落胆と共に、とぼとぼと銀行を出ました。

しかし、切り替えはアレックスのほうが早く、彼は「見損なったよ、ロイズ銀行!」と吐き捨てたあと、努めて明るい表情と笑顔でこう言いました。

「大丈夫。ロイズ銀行がダメでも、ブライトンにはまだ他に銀行がある! 次へ行こう。きっと大丈夫!」

いやあ……。どうかなあ。

あそこの銀行はダメで、こっちの銀行はOKなんてことが、そうそうあるでしょうか。

アレックスが繰り返す「大丈夫」に「うん」と返事をしながらも、私の胸は不安と恐怖でいっぱいでした。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

作家を作った言葉〔第28回〕大崎清夏
◎編集者コラム◎ 『ステイト・オブ・テラー』ヒラリー・クリントン ルイーズ・ペニー 訳/吉野弘人