椹野道流の英国つれづれ 第8回

英国つれづれ第8回バナー


◆イギリスで、3組めの祖父母に出会う話 ♯8

椅子から立ってみると、彼女が両手に大皿を持ち、キッチンからダイニングへ移動しているのが見えました。

今度こそ、運ぶくらいのお手伝いは……と思ったのですが、ランチは大きなお皿一枚に全部盛りでした。

あとは、水道水を満たしたグラスとカトラリーを置けば、テーブルセッティングは完了。

特にお手伝いは必要ありません。しょんぼり。

「昨日の残り物だけど、美味しいわよ。さあ、座って」

促されるまま、私は彼女とテーブルを挟んで向かい合わせの席に着きました。

このお家は、三人家族なのでしょうか。

美しいカントリーサイドの風景が描かれたランチョンマット、いえコルクボードが三枚、テーブルの上には並べられています。

お皿の上には、コロコロした肉団子が五つと、たっぷりのマッシュポテト、それから見たことのない野菜が載っていました。

「そうそう、電話で聞いたけど、覚えられなくて。あなたの名前、もう一度伺ってもいい?」

彼女に言われて、私は慌てて名乗り直しました。そして、一言付け加えました。

「あの、学校では私、Chas と呼ばれてます。よかったら、そう呼んでください」

チャズ、と呟くように復唱して、彼女は少し面食らった様子でした。

そりゃそうです。Chas というのは、たいていの場合、男性の愛称なのです。

「どうしてそんな名前になっちゃったのかしら?」

不思議そうに問われて、私は答えました。

学校のクラスで、最初の時間に自己紹介があって、そこで姓を名乗ったとき、みんなにはそれが〝Chas〟に聞こえたようだ。

呼びやすいので、みんながその名で呼ぶようになって、あっという間に定着してしまったし、覚えてもらいやすいので、私も助かっている……と。

「なるほどねえ。Chas と聞いて連想するのはチャールズで、まあ、皇太子が代表格ね。彼がそう呼ばれたことがあるかどうかは知らないけど、悪くはない名前よ。ただ、女の子には……いいえ、あなたがいいなら、そう呼びましょう。私も呼びやすいし、もう覚えたわ!」

ニコッと笑って、彼女は自分の胸元に手を当てました。

「私の名前はジーン。簡単な名前でしょう?」

「ジーン、と呼んでもいいんですか?」

「勿論よ。さ、じゃあいただきましょう、チャズ」

さっそくそう呼んで、彼女はフォークを手にしました。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

作家を作った言葉〔第15回〕櫻木みわ
採れたて本!【デビュー#06】