椹野道流の英国つれづれ 第8回

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「美味しいです! 初めて食べました」

「ふふ、そうでしょうね。今、うちにはスウェーデンからの留学生の女の子がいるの。その子のリクエストで、昨夜作った残りなのよ。彼女のお国の味ね」

「あ、なるほど。じゃあ、この野菜も、スウェーデンの?」

私は、お皿の上の見慣れない野菜をフォークで刺して持ち上げ、ジーンに問いかけながら味わってみました。

見てくれは、淡い緑色の、瓜のような野菜なのですが……。

無味。

ビックリするほど無味。

強いて言えば、ほんの少しの青臭さを感じるだけの、実に淡泊な野菜です。

蒸してあるのか、食感は柔らか。遠くに微かなシャリ感がありますが、歯を使う必要はあまりありません。

味付けもされていないので、何だか水を食べているよう。

ジーンは、キョトンとして「マロウよ」と答えてくれました。

「マロウ?」

「庭や温室で、夫が野菜を作っているの。お豆とマロウはたくさん採れるわ。毎日のように食べる、お馴染みの野菜よ。日本にはないんだった?」

「聞いたことはないです」

私は曖昧に首を傾げて答えました。

あとで調べてみたら、マロウというのは、細長く育つ、カボチャの一種のことでした。ズッキーニのお化けのような、と表現すれば、わかりやすいでしょうか。

ジーンは、マロウに塩胡椒をぱっぱっと振って、口に入れました。
ああ、なるほど。野菜には自分で味付けするのだな……と学んだ瞬間でした。

「うちに来たら、毎回食べることになるわよ。そういえば、うちに来る留学生たちも、あまり好きじゃないって言う子が多かったわねえ……。あなたが言ってた……Kだったかしら」

そうです、K!

そもそも私、彼女のメッセンジャーとして、ここに来たんでした。

呑気にお昼をいただく前に、メインの用事を済ませないと。

「ちょ、ちょっと待っててください!」

私はナイフとフォークを置き、慌ててリビングに置いてあるKから預かったプレゼントを取りに走ったのでした……。


「椹野道流の英国つれづれ」アーカイヴ

椹野道流(ふしの・みちる)

兵庫県出身。1996年「人買奇談」で講談社の第3回ホワイトハート大賞エンタテインメント小説部門の佳作を受賞。1997年に発売された同作に始まる「奇談」シリーズ(講談社X文庫ホワイトハート)が人気となりロングシリーズに。一方で、法医学教室の監察医としての経験も生かし、「鬼籍通覧」シリーズ(講談社文庫)など監察医もののミステリも発表。ほかに「最後の晩ごはん」「ローウェル骨董店の事件簿」(角川文庫)、「時をかける眼鏡」(集英社オレンジ文庫)各シリーズなど著作多数。

作家を作った言葉〔第15回〕櫻木みわ
採れたて本!【デビュー#06】