音楽ユニット「YOASOBI」を原作小説から徹底解説

『夜に駆ける』が2020年に大ヒットし、一躍ブームとなった音楽ユニット「YOASOBI」。YOASOBIは小説をもとにした楽曲制作をしており、すべての曲に原作小説が存在するのが特徴です。今回は、そんなYOASOBIの原作小説にスポットをあて、魅力を紹介します。

代表曲『夜に駆ける』がYouTubeでの累計再生回数2億回を突破し、10代の若者を中心とした音楽リスナーの支持を集めている音楽ユニット「YOASOBI」

YOASOBIに加え、バンド「ずっと真夜中でいいのに。」と音楽ユニット「ヨルシカ」の3組を好むリスナーは、すべてのユニットに“夜”という言葉が入ることから“夜好性”とも呼ばれます。YOASOBIはそのなかでも特に、“夜好性”のアイコン的存在です。

しかし、2020年最大のヒットソングと言っても過言ではない『夜に駆ける』は耳にしたことがあっても、YOASOBIが“小説を音楽にする”というコンセプトのもとに結成され、すべての楽曲に原作小説がある──ということは意外と知らない方も多いのでは。今回は、YOASOBIをより詳しく知りたいという方に向け、原作小説を通じてその世界を解説します。

そもそも、YOASOBIってどんなユニット?

YOASOBIは、作曲家・プロデューサーのAyaseとボーカリストのikuraによるふたり組ユニットです。AyaseはVOCALOIDを使用した楽曲プロデューサー、通称ボカロPとして2018年から活動しており、YouTubeとニコニコ動画に投稿した『ラストリゾート』などの曲が早くから注目を集めていました。

一方のikuraは、もともと幾田りら名義でシンガーソングライターとして活動し、スキマスイッチの『全力少年』やRADWIMPSの『なんでもないや』といった有名曲のカバー動画でじわじわと話題を集めていた人物。

2019年、ソニー・ミュージックが運営する小説やイラストの投稿サイト「monogatary.com」のなかで小説を音楽にするというプロジェクトがスタートし、そのプロデューサーとして声がかかったのがAyaseでした。AyaseはInstagramを通じてikuraが弾き語りをしているカバー動画を見つけ、その歌声に惹かれてボーカリストを選んだと言います。

YOASOBIはプロジェクトのコンセプトに沿い、「monogatary.com」に投稿された星野舞夜による短編小説『タナトスの誘惑』を原作とした配信限定シングルで2019年10月にデビューします。この楽曲こそが、翌年大ヒットを記録する『夜に駆ける』でした。

その後もさまざまな場やタイアップによって執筆された小説を原作に楽曲を発表し、活動を続けているYOASOBI。ボカロにルーツを持つAyaseならではのポップで耳あたりのよいサウンドと、ikuraの柔らかく軽快な歌声、そして明るいけれどどこか退廃的な“夜”のイメージを連想させる世界観で、いまや若者の絶大な支持を得ています。

2020年には『夜に駆ける』で紅白歌合戦にも初出場したYOASOBI。その中継場所としては美術館と図書館、博物館が融合した複合施設「角川武蔵野ミュージアム」(埼玉県所沢市)のなかの「本棚劇場」が使用され、高さ8メートルの巨大本棚に並ぶ3万冊もの本に囲まれて歌唱する姿も話題となりました。このパフォーマンス、また今年リリースされた初めてのCDのタイトルが『THE BOOK』であることからもわかるように、YOASOBIの活動の背景には常に“本”があるのです。

『夜に駆ける』の原作小説、『タナトスの誘惑』


『タナトスの誘惑』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4575243213/

では、それぞれの楽曲の原作小説はどのような内容になっているのでしょうか。

最大のヒットソングである『夜に駆ける』の原作『タナトスの誘惑』は、前述の通り、2019年に「monogatary.com」に投稿された星野舞夜による短編小説です。ショートショートと呼べるほど短い作品ではありますが、自殺願望を抱き続けながら生きている“彼女”と、それを引き止め続けている“僕”の関係性を描いています。

世の中には2種類の人間がいるという。
生に対する欲動──「エロス」に支配される人間と、
死に対する欲動──「タナトス」に支配される人間。
この世界の人間のほとんどは前者だが、彼女は紛れもなく後者だった。

という言葉どおり、常に“タナトス”に誘惑され、飛び降り自殺を何度も試みようとする“彼女”。交際相手である“僕”は、「死神が見える」という彼女の言葉を不快に思います。

死神は、それを見る者にとって1番魅力的に感じる姿をしているらしい。いわば、理想の人の姿をしているのだ。
彼女は死神を見つめている時(僕には虚空を見つめているようにしか見えないが)、まるで恋をしている女の子のような表情をした。まるでそれに惚れているような。
僕は彼女のその表情が嫌いだった。

どうして死神のことばかり考え、自分を見てくれないのか、と問いかける“僕”。“僕”が思わず「死にたいよ」とこぼすと、“彼女”はにっこりと微笑みます。その表情を見た瞬間、どうして“彼女”が飛び降りを図ろうとする際、常に自分に連絡がきていたのかを“僕”は悟るのです。助けてほしいと暗に訴えているのかと思っていたけれど、そうではなかった──と。

ふたりが揃って“夜空に向かって駆け出す”というシーンで、物語は幕を下ろします。本作をもとにした楽曲『夜に駆ける』にも“終わりにしたい”というフレーズがあり、はっきりとは書かれていないものの、ふたりが死の世界を選んだであろうことが暗示されています。ポップできらびやか、軽快なイメージとは反し、原作小説と楽曲は、死への抗いたい誘惑をテーマに作られています。

『あの夢をなぞって』の原作小説、『夢の雫と星の花』


『夢の雫と星の花』収録/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4575243213/

YOASOBIは2020年1月に、『夜に駆ける』に続く2作目の楽曲『あの夢をなぞって』をリリースしています。この楽曲の原作となったのも、同じく「monogatary.com」への投稿小説であるいしき蒼太による短編小説、『夢の雫と星の花』でした。

本作は“死への誘惑”という重いテーマを扱った『タナトスの誘惑』とはまた味わいの違う、甘酸っぱい青春小説です。主人公は、予知夢を見ることができるという特殊能力を持った高校生・双見楓。彼女は7月のある日、幼馴染でひそかな想い人でもある、一宮亮に告白されるという予知夢を見ます。

7月27日、音見川の花火大会。街を見下ろす風撫で丘。1発の大きな花火が光のカーテンのように目の前いっぱいに広がっている。隣を見れば君がいる。君が口を開いた。
「好きだよ」
君の声がくぐもって聞こえた。まるで水の中にいるみたいだ。
音のない世界で花火が花開き、君の声だけが聞こえた。
私は君に告白される。それを知った瞬間だった。

楓はこの予知夢が本当になることを願いますが、予知能力にはひとつ欠点がありました。それは、予知夢のとおりにならなければ、持っている予知能力を失ってしまう──ということ。楓は花火大会までの2週間のあいだにどうにか亮と両思いになれるよう、距離を縮めようと努力しますが、彼の前では意地を張ってしまい、なかなか素直になることができません。

物語が進んでいくと、視点が亮のものに切り替わります。じつは、亮も予知夢を見ることができる能力を持っており、亮のほうは“楓に告白される”という予知夢を見ていたのです。

16歳の夏。7月27日。音見川の花火大会。街を見下ろす風撫で丘。1発の大きな花火が光のカーテンのように目の前いっぱいに広がっている。隣には君がいる。君の声が聞こえた。
「好き」
俺は君に告白される。それを知った瞬間だった。

先祖代々、予知夢を見ることができる家に生まれた亮。父親から、「予知を変えてしまうと能力を失ってしまうから、予知を変えようとしたら、ダメだよ」と亮は告げられていました。

ふたりの予知が矛盾せず、現実になることはできるのか。そして、ふたりの思いは通じ合うのか──。短いながらも非常によく練られたプロットで、思わずどきどきしてしまうような展開の1作です。本作を原作とした『あの夢をなぞって』のミュージックビデオはすでに2500万回以上再生され、『夜に駆ける』に続くYOASOBIの代表作となっています。

『ハルカ』の原作小説、『月王子』


『月王子』にイラストを加えたイラスト小説、『ハルカと月の王子さま』/出典:https://www.amazon.co.jp/dp/4575316067/

2020年12月にリリースされたYOASOBIの6枚目の配信限定シングル、『ハルカ』。この楽曲の原作は、人気放送作家の鈴木おさむが書き下ろした『月王子』という短編小説です。このコラボレーションは、鈴木おさむがパーソナリティを務めるラジオにYOASOBIがゲスト出演したことを機に実現しました。

『月王子』は、遥(ハルカ)という名前の女性の成長を10年以上目にしてきたマグカップの視点でストーリーが進む、すこし変わった物語です。

福岡の繁華街・天神の小さな雑貨店に並び、5年以上ものあいだ誰にも買われることのなかったそのマグカップ。星の王子さまならぬ“月の王子さま”がイラストとして描かれたカップを目にした人たちはみな、「偽物じゃん」と笑います。しかしある日、その雑貨店を友人とともに訪れた高校生の遥は、棚から「これ、好きかも」とマグカップを手に取り、購入します。

遥は本当に僕を買ってくれたんだ。
めちゃくちゃ嬉しかったよ。
飛び跳ねて喜びたかった。
飛び跳ねて落ちたら割れちゃうけど、もうそのくらいの嬉しさ。
ついに、ついに、僕を買ってくれる人が出てきた。

マグカップは喜びのあまり、これから遥の役に立ち続けること、ちょっとやそっとでは割れないことをひとり密かに誓います。そして、遥はマグカップに注いだリンゴジュースやあたたかいお茶とともに青春を過ごし、就職し、やがて結婚を迎えるのです。

結婚式の日。
遥は自分が座る席の前に、僕のことを置いてくれたよね。
リンゴジュースを入れて飲んでくれて。

タケル君と手を握り合ってケーキに入刀した時……僕は大きな声で叫んだよ。
「遥、結婚おめでとーーーーーーーーーーー!」

鈴木おさむらしい、軽快でユーモラスな文体で綴られている本作。マグカップは予想外のできごとでその一生を終えることになってしまいますが、遥とマグカップがお互いを思い合い、よきパートナーとして過ごす時間の描写には思わず涙させられてしまいます。

『月王子』を元にした楽曲『ハルカ』では主人公がマグカップであることは明示されておらず、新しい環境に臨む人を見守るパートナーとしての視点から、エールを贈る応援歌となっています。どちらにも違う味わいがあり、合わせると2倍楽しむことができるような作品です。

おわりに

現在までに8枚の配信限定シングルをリリース(※2021年4月現在)し、そのどれもが動画サイトやストリーミング再生、またTikTokなどのショート動画アプリを通じてヒットに結びついているYOASOBI。投稿小説やタイアップ小説とのコラボレーションで楽曲を生み、それらが動画を通じて広まっていくスタイルは、まさに令和の時代を象徴するような音楽ユニットと言えるのではないでしょうか。

どの楽曲も原作小説を知った上で聞くと、背景にあるイメージがよりその世界観を広げてくれるはずです。原作小説のなかにはWeb上で公開されている作品も多いので、『夜に駆ける』からYOASOBIに興味を持った方もぜひ、それらの作品を読んでみてください。

初出:P+D MAGAZINE(2021/04/08)

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