著者に訊く! 『出口版 学問のすすめ』 著者・出口治明さん

10月28日に『出口版 学問のすすめ』を上梓した出口治明さん。今回、出版した背景には、「大人の学ぶ力の衰退」や「日本人の危機意識の欠如」など、日本の国力が相対的に弱っているいう危機感がありました。福沢諭吉の生家に行って、諭吉の心に触れてきたという出口さんに、日本が活力を取り戻すためのポイントをうかがった。

 


『出口版 学問のすすめ』発刊記念著者インタビュー
広い世界を見て、昔のことも勉強して、
暮らしやすい社会を作ろう!

出口治明

立命館アジア太平洋大学(APU)学長


働き方を変えないと
「学ぶ力の衰退」は止まらない

――APU(立命館アジア太平洋大学)は留学生が約半数を占めていますが、コロナの影響はいかがですか?

出口 まだ国際線が従来のようには復活していないので、一時的に本国に帰った学生や新入生約1000人が、いまだに入国ができません。そのなかで、授業を受ける機会を公平にするために、インターネットをフル活用しています。教室に学生を集めて授業をし、同時にその様子をZoomでも世界に配信する「ハイブリッド」方式を採用しています。
 オンラインですべてが解決するわけではありませんが、現状ではこれが最善の方法だと思います。

――コロナの蔓延によって困ったこともたくさんありますが、コロナによって改革が促された面もありますね。

出口 そうですね。これまで旗を振ろうが笛を吹こうが変わらなかったことが、ずいぶん解消されました。たとえば“だらだら残業”や“付き合い残業”、“飲みニケーション”などです。
 かなか導入が進まなかったテレワークも、各企業が社内ルールを改めるなどしたことで、一気に普及が進んでいます。テレワークとはオフィス以外のところでも仕事ができるようにすることですが、その本質は場所や紙、時間などの制約から、人間が解放されるということです。オフィスという場所から解き放たれ、書類という呪縛から自由になり、通勤などに使っていた時間も必要がなくなる――。それは、生産性の向上に大きく貢献すると思いますが、こと「学び」に関連していえば、いつどこにいても勉強できることが大きなメリットだと思います。

――この本(『出口版 学問のすすめ』)の「はじめに」では、「学ぶ力の衰退」を危惧されていましたね。

出口 コロナの功罪の“功”は先ほど述べたとおりですが、まだまだ世の中の大きな趨勢を変えるまでには至っていませんね。一言でいうと、大人の学ぶ力が衰退していると思うのです。
 そのいちばんの原因は、やはり長時間労働です。日本の正社員の労働時間は2000時間で、平成の30年間、まったく減少していません。しかも成長率は1%です。フランスやドイツなどは1500時間で、2.5%成長ですから、その差は歴然としています。
 そのうえ、日本には“飲みニケーション”などの習慣があるので――いまは自粛傾向にありますが――家に帰っても“メシ・フロ・ネル”の生活になってしまう。自分や家族のために何かをする時間――勉強する時間が残らないのです。すると、学ぶ力が衰えてしまうのは当たり前ですよね。

――たしかに、飲んで、遊んで……とやっていると、家族や勉強のために使う時間が削られていきます。

出口 2000時間も働いていたら、たぶん遊ぶ時間もあまりないでしょう。だから、働き方を変えなければ、学ぶ力は衰退していく一方だと思います。
「学ぶ」といっても、資格取得のためにテキストを読むようなことだけを指しているのではありません。気になっていたのに時間がなくて読めていなかった本を読んだり、映画を観たり、他の人とオンラインで話をしたりといった、すべてのことが勉強です。人・本・旅です。そのほうが、会社で一日をつぶしてしまうより、はるかに多くのことが学べると思います。
 だから、このコロナ禍は、間違いなく大きなチャンスでもあります。夏前に全国知事会が「9月入学」を提言しましたが、結局先送りになってしまいました。それと同じように、テレワークの動きが止まったり、逆回転したりするようなことがあってはならないと思っています。

福沢諭吉が抱いた
危機感に学べ

――福沢諭吉が『学問のすゝめ』を著したのは、欧米に大きく立ち遅れているという危機感がきっかけになっているようですね。

出口 諭吉は幕府の使節団として渡米、渡欧した経験を通じて、日本と世界との差を痛感していました。それが『学問のすゝめ』を書くきっかけのひとつになったのでしょう。先日、APUと同じ大分県にある福沢諭吉の生家(中津市)を訪ねて、『学問のすゝめ』の初版本などを見てきましたが、諭吉の心に触れたような気持ちになりました。
 現在の日本で危機感が不足している理由は、タテ(歴史的な視点)ヨコ(世界的な視野)で勉強していないので、世界の情勢を把握できていないからだと思います。
 たとえば、まだ多くの皆さんが、「日本は世界第3位の経済大国やで」と漠然と考えているのではないでしょうか。たしかに名目GDPで見ると第3位であることは事実だし、スーパーマーケットなどに行くとモノがあふれていて、豊かな生活を享受できているように見えます。しかし購買力平価で計算した1人あたりGDPを見ると、3位どころではなく世界33位に後退してしまうのです。これはG7では最下位だし、アジアでもトップ5に入ることができません。
 絶対水準(1人あたり購買力平価GDP)で見ても、アメリカの6万5000ドル、ドイツの5万6000ドルに対して、日本は約4万3000ドル。これは韓国とほぼ横一線のレベルです。
 僕はそれほど多くは望みませんが、かわいい孫が二人いるので、せめてG7の真ん中ぐらいとか、アジアでもトップ5ぐらいには入ってほしいですよね。

――もうひとつ、諭吉は常識を疑うことの大切さを痛感していたようですが、いまの日本ではその力が衰退しているような気がします。

出口 それも「学ぶ力と」直結しているのですが、世の中の動きを把握するためには情報を集めなければいけません。その方法に問題があるのでしょう。
 僕はサラリーマンになったときに、「社会人の条件は毎朝、新聞を読むことだ」と教えられました。しかも複数の新聞を読みなさい、といわれたのです。まだ大学を出たばかりだったので、「そんなことしたら、お金がかかりますよ」と食い下がったのですが、「バカ。そのために給与を払っているんだ」といわれてしまって……。
 返す言葉がなく、すぐに契約をして複数の新聞を取りはじめたのですが、これが想像以上に勉強になりました。それまで取っていた朝日新聞に加えて日経新聞、読売新聞と読み比べると、同じテーマでも新聞によって見出しの大きさが違ったり、論ずる角度が違ったりします。その理由を考えるだけでも、ずいぶんタメになりました。
 この習慣はいまでも続けています。

――ネットニュースは読まないのですか?

出口 基本的には読みませんね。「好きな情報しか表示されない」などネットニュースにはさまざまなデメリットが指摘されていますが、僕がいちばん足りないと思うのは、一覧性です。紙の新聞はさっと見るだけで大事なポイントがわかるし、前日に起こったすべてのニュースが網羅されていますね。これが新聞の最大のメリットだと思います。
 僕にとってネットは辞書代わりで、知らないことや言葉が出てきたときに、辞書を引くつもりでWikipediaを見たりしますが、情報のほとんどは新聞や本から得ています。

――いまコロナは第三波のまっただ中で、先が見通せない状況ですが、コロナを乗り越えるために必要なことはなんだと思われますか?

出口 とにかく知恵を絞っていくことですね。コロナのおかげで旅行などレジャーには出かけにくくなる一方で、テレワークが普及して、本を読んだり考えたりする時間が増えました。つまり、自分の人生とか日本の現状などを見つめ直す絶好のチャンスをもらったわけです。
 このチャンスに、みんなでコロナ後の世界をどういう社会にしたいのか、真剣に考えなければいけないと思います。
 でも、人間の考えることは、所詮たいしたことはありません。だいたい、みんなものまねです。だからタテヨコに考えて、歴史を勉強して使えることがあったら大いに参考にすればいいし、世界の情勢を虚心坦懐に見て、いいところがあればどんどん真似をすればいい。まさに「学問のすゝめ」の教えるとおりです。
 諭吉のように、「広い世界を見て、昔のことも勉強して、いい社会を作ろうぜ」ということに尽きるんじゃないでしょうか。

――いくら勉強するメリットを説かれても、とくに中高年の方々のなかには、「勉強はもう嫌だ。これからはのんびり過ごしたい」という人が少なくないようですが……。

出口 どんな人でも、いまがいちばん若いんですよ。明日になったら1日歳をとってしまいます。だったら、若いときにチャレンジしなくてどうするんですか、と言ってあげてください(笑)。
 もうひとつ真面目な話をすると、人間は歳をとるとさまざまな部分が衰えてきますね。ところが、理解力や判断力を司っている脳の基底核というところは、歳をとっても衰えないどころか、進化するらしいのです。
 つまり、人はいくつになっても、物事を深く理解して適切な判断を下すことができるということです。勉強しなければ、もったいないじゃないですか。

学問の楽しさや重要性を説いた最新刊『出口版 学問のすすめ』は、国際的な地位がどんどん下がっている日本(人)にとって、いま最も必要とされる情報をぎゅっと凝縮した、哲人学長ならではの好著。コロナ禍で外出しにくいいまこそ、本書を持って知の旅にでかけよう!

 


出口版 学問のすすめ
「考える変人」が日本を救う!
著者:出口治明
(立命館アジア太平洋大学学長)
定価 本体1500円+税

 

■プロフィール


出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長
1948年、三重県美杉村(現・津市)生まれ。京都大学法学部卒業。日本生命でロンドン現地法人社長、国際業務部長などを歴任したあと同社を退職。2008年にライフネット生命を開業し代表取締役社長に就任。同社は2012年上場。社長・会長を10年間務める。2017年、同社会長を退任し、2018年より現職。
『本物の思考力』(小学館新書)、『座右の書「貞観政要」』(角川新書)、『0から学ぶ「日本史」講義』(文藝春秋)、『全世界史』(新潮文庫)、『哲学と宗教全史』(ダイヤモンド社)など著書多数。 

初出:P+D MAGAZINE(2020/12/08)

平田達治『歩く大阪・読む大阪―大阪の文化と歴史』/大阪育ちの学者が、商都・大阪を書き尽くす!
◎編集者コラム◎ 『余命3000文字』村崎羯諦