「ギリギリでいつも生きてる」『浪費図鑑』の著者が語る、オタク女の浪費の裏側

オタク女性の浪費事情を赤裸々に明かし話題を呼んだ、ノンフィクションの匿名エッセイ集『浪費図鑑』。著者である「劇団雌猫」のおふたりに、書籍化に至るまでの裏話や、“浪費”にかける情熱についてお話をお聞きしました。

オタク女性の“浪費”事情を赤裸々に明かし、いまTwitterを中心に大きな話題を呼んでいるノンフィクションの匿名エッセイ集『浪費図鑑』

その内容をご存じない方も、まずは以下のエピソードの一節を読んでみてください。

行けなかったらと思うとおかしくなりそうだったので、私は男性声優Aが出演していたあるアニメのイベント応募券が封入された円盤(※1)6500円を、15枚積んだ(※2)。応募券1枚につき1口応募。結局15口応募して全て落選し、一般販売のチケットを死に物狂いで入手した。

「地下声優で浪費する女」より

(※1…DVDやブルーレイディスクのこと)(※2…複数枚購入すること)

2015年初頭に開始され人気を博しているブラウザゲーム「刀剣乱舞」。刀剣乱舞に登場するあるキャラクターにのめり込んだ私は、狂ったようにそのキャラクターが描かれている同人誌を買い漁りました。(中略)
この1年間でそのキャラクターが出ている同人誌を買うために、7回の同人誌即売会に訪れ、毎回5万円程度(40~60冊くらい)使っています。1年間でおよそ35万円近くをそのキャラクターの同人誌に使ってきたことになります。

「同人誌で浪費する女」より

 

‥…いかがでしょうか。『浪費図鑑』は声優アイドルディズニー宝塚歌劇団など、さまざまなジャンルのオタク女性たちによる、こんな高い熱量の“浪費”エピソードによって構成されています。
もともと同人誌『悪友 Vol.1 浪費』として発表された同著は、2016年末の同人誌即売会で即完売。2017年8月に書籍化され、発行部数はすでに4万3千部を突破しています。

今回は著者グループ「劇団雌猫」のメンバーであるかんさんユッケさんに、特別インタビューを実施。『浪費図鑑』にまつわる裏話からご自身の“浪費”事情まで、赤裸々なお話をお聞きしました。

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「私たちみんな働いてるのに、全然お金貯まらないよね」

――今日はよろしくお願いします。まずはご挨拶代わりに、おふたりがいま一番“浪費”している対象を教えていただけますか。

かん:私はSEVENTEEN(※韓国の男性アイドルグループ、通称セブチ)が好きなんですが、セブチに関しては日本でのコンサートがある際にガッと浪費する、という感じなので……家計を日常的に圧迫してるのは、舞台ですね。今年1年を通して上演している劇団☆新感線の『髑髏城の七人』という舞台があって。チケットが1万円以上するので、毎月毎月足を運んでると、緩慢に死んでいくというか(笑)。でも舞台は毎回違うのが醍醐味だし、やめられないんですよね。

ユッケ:毎月公演があると、固定費みたいになるよね……。

かん:そう、その分生活費を削られていく……。私、電気代払ってなくて、今日も電気止まったんですよ。

ユッケ:ちゃんと払って! 私は、基本的に若くて活きのいいイケメンが好きなので(笑)、いまはジャニーズJr.と2.5次元舞台(※アニメなどの「2次元」の世界を「3次元」の俳優が演じる舞台)がアツいですね。

 

――『浪費図鑑』は、同人誌『悪友』が元になっているんですよね。『悪友』を発表されるとき、なぜ女性の“浪費”事情にスポットを当てようと思ったのでしょうか。

ユッケ:私たち「劇団雌猫」はもともと、それぞれに浪費対象があるオタク女4人の集まりで、可愛らしい友達というよりも金遣いの荒い“悪友”だったんです、名前の通り。

時々4人で集まってごはんを食べたりしてたんですが、あるときお酒を飲んでいたら、ふとしたことからお金の話になって。私たちみんな働いてるのに全然お金貯まらないよね、と……。みんな酔っていたので、流れでお給料と貯金額を暴露し合ったら、全員驚くほど貯金がなくて(笑)。

かん:特に、私とユッケはゼロだったんだよね。

ユッケ:ゼロだった! でも、人並みに働いてるはずの私たちでこうなのに、Twitterを見てると明らかに趣味にもっとお金を使ってる同世代の女たちがいるぞ、と。みんなどうしてるんだ、ヤバくないか? と思って。

かん:ちょうどその頃、この4人で冬コミ(同人誌即売会)で何か本を出したいね、という話もしていたので、じゃあ「お金」の話にしてみる? って流れでしたね。

ユッケ:人の浪費事情ってたぶんみんな知りたいはずだけど、仲のいい私たちですら、ずっと話さなかったことなので……。最初はシン・ゴジラの同人誌作ろうかみたいな話もあったんですけどね(笑)。

 

――中でも特に、“女性”の浪費事情にスポット当てられたのはなぜでしょう。

ユッケ:私たち4人が女だから、というのももちろんあるんですが、男性って比較的、「推しのためにCDを○枚買った」とか「公演に○回行った」とか、SNS上でも普通に公言される方が多い印象があって。でも、女性はSNS上ではそういう話をしづらい雰囲気がなんとなくあると思うんです。だから、とりあげるなら女性の浪費事情かなと。

『浪費図鑑』に寄稿してくれた人たちはみんな、自分たちの周りの知人・友人なんですけど、身近な人たちの話を集めた本だからここまで話題にしていただけてるのかな、とも思います。本のサブタイトルにもあるように、女たちの“ないしょ話”って感じがするのかなと。

かん:「女の浪費事情というテーマによく目をつけたね」って言ってもらえることもあるんですが、最初からそういうマーケティング的な視点で企画したわけではなくて、自分たちが知りたいことを突き詰めていったらこうなった、という形ですね。

 

「好きなキャラクターの手当てができるように看護師になった」

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――本を作るにあたって女性たちから聞いた浪費エピソードの中で、特に印象的だったエピソードはありますか?

ユッケ:金額的なことで言うなら、『悪友』で行った「あなたがした一番の浪費は?」というアンケートに「好きなゲームのために自室を改造しました」と答えてくれた北海道の方ですかね。そのゲームというのがパチンコらしくて、パチンコ部屋のために7~800万かけて防音工事をした、っていう……。

かん:あとは、「100万円でヨーロッパの城を借りました」って人もいたよね。その人が何オタクなのかは分からなかったんですが、ヨーロッパを舞台にしたアニメのファンか、コスプレイヤーの人なのかな? と。城って100万円で借りられるんだ、っていう知見を得たよね(笑)。

ユッケ:中には、お金を出すだけじゃなくて、生き方まで変わるような“浪費”をされてる方もいて。

かん:いるいる! 『浪費図鑑』発売後にTwitterで感想ツイートを読んでたら、漫画『BLEACH』の好きなキャラクターが傷を負ったときに、自分が手当てできるように看護師になったって方がいましたね!

ユッケ:でも、自分もいまの仕事に就いたきっかけって10代の頃に買ってたアイドル雑誌だったな……と。私はいま文章を書いたりする仕事をしてるんですが、地方出身で、10代の頃は雑誌を毎月買うくらいしか好きなアイドルのことを知られる手段がなかったんです。あの頃、アイドルのインタビューを全文暗記できるくらい読み込んでたから、自分もそういう仕事をしようと思った、っていうのはありますね。

 

公演に10回行かないと、(10人のメンバーを)1人ずつ見られない

――ここからは、おふたりの“浪費”の歴史を伺いたいと思います。かんさんとユッケさんは、いつから好きなもので“浪費”するようになったんですか?

かん:私は小学生の頃、漫画『ヒカルの碁』とか『テニスの王子様』が好きで。最初は作者の先生にお手紙を書いたり、ビーズでグッズを作ったりしてたんですが、高学年になって塾に通い始めたら、塾の隣にアニメイト(※アニメ、漫画の大手グッズショップ)があって……。友達が「かんちゃんの好きなヒカルの碁とかテニスのグッズがいっぱい売ってるお店、隣にあるよ」って教えてくれたんですよね。

ユッケ:あああ……。

かん:それが嬉しくて、そこからはもうバーン! といろんなものを買うようになっちゃって。小さい頃は、お父さんの500円玉貯金をこっそり、とか……。

ユッケ:絶対ダメだからねそれ(笑)。私は小学生の頃からジャニーズが好きだったんですけど、親がすごく厳しくて。お小遣い帳をつけて、毎日親に見せないといけないってルールがあったんです。

かん:厳しい……!

ユッケ:だから、学生のときはせいぜい年に1回とか2回、貴重なお年玉を切り崩して地元に来てくれたV6を見に行く、みたいな感じでしたね。

……それが、大学進学で東京に出てきたら、Hey! Say! JUMPが家から歩いて行ける距離の場所で毎日舞台をやってたんですよ。まだ売れる前だったので、チケットも普通に取れて……。バイトでお金も少しは入るようになったし、親の目がなくなったこともあって、完全にタガが外れちゃって。当時メンバーが10人いたんですが、公演に10回行かないと1人ずつ見られないんですよ(笑)。CDも、売り上げ1位にするためにたくさん買わなきゃ! と思って。

かん:でも、応援してたメンバーが謹慎処分になっちゃったんだよね……?

ユッケ:そう……。メンバーのフライデーが出て、それが新曲の発売数日前で。CDの発売日、悲しすぎて大学を休んで、することもないのでCDショップに行ったら、泣きながらHey! Say! JUMPのCDを買ってる女の人がたくさんいて。

何軒かCDショップを回ったら、たまたまファンの友達に会ったんですよ。そこで「こうなったらもう、私たちの力でこの曲を1位にするしかないよね」と意気投合して、CDをめちゃくちゃ買って……。あなたのいるグループはこんなに人気があるんだよ、っていうのが分かったら、そのメンバーも戻ってきてくれるかなと思ったんですよね。

かん:切なすぎる……。

ユッケ:結局戻ってこなかったんですけどね。

 

――そんな悲しいエピソードが……。ちなみにおふたりは“浪費”するにあたって、ここまではお金を出す、ここからは出さないといったルール作りはされていますか?

かん:ルール作り……まったくしてないですね。

ユッケ:私は、学生のときはどれだけ遠征(※コンサートや舞台のために地方都市へ出向くこと)したくなっても、“本州から出ない”というのを唯一のルールにしてました。本州の中まではOKだけど、海は渡らない。

でも、働くようになってからはそういうルールも設けていなくて。給料日の前日に残高が数百円とかになることも結構ありますね。いまは弟とふたり暮らしなんですが、弟も私と同じで両親が厳しく育てたので、上京してから洋服とかにすごく浪費するようになってしまって。ふたりとも、「3日くらいならサラダしか食べなくていいか」みたいな暮らし方をしてます……。

かん:私も毎月そんな感じ。『浪費図鑑』の中の座談会で「強制的に引き落としにして積み立てるのがいい」って話をしたんですけど、実はそれも、2ヶ月で回らなくなってしまって……。本当に毎月、綱渡りですね。

ユッケ:ギリギリでいつも生きてるんですよね、私たち(笑)。

 

「後悔したことはない」「いま燃えてるこの気持ちに5万円」

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――『浪費図鑑』の中の浪費エピソードはどれも、好きなものにお金を使うことにまったく迷いがなく、どの女性も“浪費”をとてもポジティブに捉えているのが印象的でした。そこであえてお聞きしたいのですが、おふたりはこれまでに“浪費”を後悔したことはありますか?

ユッケ:私は、払ったものに後悔したことはないですね。

かん:うん。私もない。

ユッケ:細かいことを言うなら、コンサートに行って「いや、この演出この前も見たぞ」って思うときくらいはありますね、さすがに(笑)。アイドルも忙しいと練習する時間がないので分かるんですけど……。

かん:あ、たとえば、推し(※自分が好きなメンバー)に熱愛報道が出たときとか、それまでかけたお金に対して「もう!」って思わなかった?

ユッケ:うーん……ちょっとはね、思いますけど(笑)。でも、私の場合は推しというか、自分の心を癒やしてくれる存在が常に複数あるんですよね。だから、ひとつのオアシスに対して「もういいや、推すのやめよう」と思うことがあっても、また別のオアシスがあるので……。無意識のうちに、そうやってバランスをとってるのかもしれないですね。

 

――過激なファンの方だと、推しに熱愛報道が出たりすると、そのグループのCDを割ったりポスターを破いたりしてSNSに載せる人もいますよね。

ユッケ:そういう人は、“いま楽しませてもらっている”というよりも“将来に投資している”感覚なのかもしれないですね。自分の場合、推しに浪費しているその瞬間は、それが一番だと思ってお金を使っているので、仮に熱愛報道が出て他の人に気持ちが移るみたいなことがあっても、それまでかけたお金を無駄だとは思わない。
過去に好きだったものを振り返っても、美しい思い出だなと思いますね。いま好きなものに対しては、「最高! いま燃えてるこの気持ちに5万円!」みたいな感じです。

かん:分かる分かる! 『浪費図鑑』を作るとき、まず最初に「絶対にハッピーな本にしたい」というコンセプトがあったんです。その考え方が合っていた4人だから、一緒にやれたというのもあるかもしれません。やっぱり、お金使うのって楽しいじゃないですか(笑)。

 

――『浪費図鑑』にはさまざまな反響が寄せられたと思いますが、中でも印象的だった感想などはありますか。

ユッケ:『浪費図鑑』を読んだ方が、ご自身のブログで「すごく面白かったです! ところで、私がしている浪費は……」って語ってくれたりすることが多くて、それがすごく嬉しいですね。読者であるブロガーさんも寄稿者と同じくらいの熱量で感想を書いてくださるので、いいなあと。

かん:浪費事情を知りたくて作った本だけど、結果的には知らないジャンルのことを知られる、いろんなオタク趣味の入門書みたいになりましたね。

それから、“浪費”をしていない、オタクじゃない人からの感想も頂けたのが嬉しかった。「『悪友』を書籍化しませんか」と声をかけてくださったのは小学館の男性の方なんですけど、その人は「未知の世界だった。俺の知らないところでこんな風に経済が回ってたなんて!」ってびっくりされてましたね。

ユッケ:そうですね。でも、『浪費図鑑』を読んでくれた知人が「私はオタクじゃないけど、休みがあるとハワイとかに旅行に行って、ホテルの部屋から一切出ないでただ寝てるんだよね。それも他の人から見たら浪費なのかな」って話してくれたんです。そんな風に、オタク気質じゃない人でもどこか心に引っかかる部分とか、共感していただける部分はあるんじゃないかな、と。だからまずは、1回読んでみてほしいなと思います。

 

――今日は、“浪費”にまつわるあれこれを赤裸々に話してくださってありがとうございました。おふたりは、これからも浪費し続けたいと思いますか?

ユッケ:し続けたいですね……。浪費ってただお金を使ってるだけじゃなくて、生きていく上でのエネルギーを得るための行動でもあると思うので。
いま、毎週末推しの出ている舞台を観劇しているんですが、それで今週の仕事をなんとか頑張れてるんですよね。先週末の舞台の余韻に浸りつつ、「あと○日働いたらまた舞台がある」っていうのをエネルギーにしています。

かん:私も浪費はし続けたいですね。というか、もっと稼いで、いま以上にしたい! 好きなものに使うお金を増やすために生活費を削るという手もあると思うのですが、私はそれよりもっと稼ぐぞ!! って思う派です。浪費は仕事のモチベーション!

ユッケ:分かる(笑)。オタクって、自分の中に0か100しかない生き物だと思うんですよ。100のエネルギーを注ぐ対象があるから、0の部分、日常生活とかもその余韻で生きられるっていう……。もしも100を注ぐ対象がなくなったら0しかないから、即ち「死」って感じなんですよね。だから、生きるためには浪費してないといけないのかなって思います。

初出:P+D MAGAZINE(2017/09/23)

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