美しい性の奥深さに触れる小説5選

「女による女のためのR-18文学賞」受賞作をはじめ、女性をターゲットとして官能を描いた恋愛小説が人気です。今回は、女性が読むのにぴったりな、美しい性の奥深さに触れる小説5選をご紹介します。

 官能小説というと男性が読むものという印象を持つ方もまだまだ多いかもしれませんが、女性向けとして生々しくも美しい官能を描いた恋愛小説も多くあります。今回は、そんな大人の女性のための恋愛小説をご紹介します。

 

生命、愛、子供と向き合う女たちの人生――『なめらかで熱くて甘苦しくて』(川上弘美)

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【あらすじ】
 セックスへの憧れ、男への愛情、妊娠による自身の変化と戸惑い、そして死。生命と向き合う女の思いにリアルに迫る、4つの元素と世界の名を題し美しく描かれた、女たちの人生を記した物語。

 『なめらかで熱くて甘苦しくて』には、ラテン語で「aqua」(水)「terra」(土)「aer」(空気)「ignis」(火)「mundus」(世界)と、四つの元素と世界の名になぞらえて5つの短編小説が収められています。第115回芥川賞第9回紫式部文学賞を受賞している川上弘美による、女性の人生における愛や性を抽象的かつ美しく描いた小説です。

 5つの短編のうちのひとつ、「aer」では、妊娠・出産を経て変化する、女性の気持ち性欲が描かれています。主人公である「わたし」は、妊娠したことによる自分の内面の変化に驚きながらも、少しずつ「女」から「母親」へと成長します。

男を好きで好きで好きでしょうがないのである。という気持ちに戻ろうとしたけれど、うまくゆかなかった。すぐそこにいる男である。今も嫌いではない。

「わたし」は妊娠以前は、セックスのない人生なんて耐えられない、と思うくらいに、セックスという行為が好きな女性でした。しかし、妊娠すると同時に、ぴたりとセックスをしたいと思わなくなってしまったのです。
 妊娠して子供ができた途端に“雄”を求めなくなる、本能的な自分の内面に気付き、「わたし」はこんなのはまるで動物だと落ち込みます。

困った時のセックスだのみ。逃避したい時のセックスだのみ。と思ったが、アオを生んで育ててのことごとがあまりに強烈なので、セックスはごく平凡なよろこびになってしまっている。

 「アオ」と名付けた子供と自分との共通点を見つける度に、自己愛自己嫌悪の波に襲われる「わたし」。現実逃避のためにセックスをしようと思い立っても、子育ての中での感動驚きが大きすぎるあまり、好きだったセックスも平凡なよろこびに成り下がってしまうのでした。

 妊娠・出産を通して起こる自分の体や気持ちの変化に動揺しながらも、少しずつ「母親」になっていくのが、女性の本能というもの。妊娠・出産を経験した女性ならきっと共感できる、女性の変化を描いた一冊です。

 

大人の体を渇望する少女に巣くう魔物とは――『ギンイロノウタ』(村田沙耶香)

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【あらすじ】
幼い頃から極端に臆病だった有里の初恋の相手は、魔法のステッキに見立てた銀色の指示棒。アニメで目にした魔法使いの少女に憧れて、彼女は押入れでひとり秘密の快楽へと誘われる。大人の男に求められる日を夢見て、大人の体を渇望し自慰に耽る日々の中で、有里の内面に起きた憎しみの変化とは……。

 2016年に『コンビニ人間』第155回芥川賞を受賞し、異色の作風で世間の注目を集めた村田沙耶香の代表作のひとつ、『ギンイロノウタ』。極端に臆病で人見知り、内向的な性格である主人公の少女・有里の、不気味で鮮烈な衝動を描いた一冊です。

お気に入りの魔法少女のアニメで目にしたワンシーンに、有里の目は釘付けになります。それは、魔法少女が魔法に失敗し服が消えてしまい、周りにいた男性が舌なめずりをしながら目をハートマークにして魔法少女を眺めているシーン。出来損ないである自分もいつかああして男性に求められる日が来るのだと、有里は大人の体へと向けられる性欲に憧れるようになります。

そのとき、私は涎を垂らして見つめられる、完成された食べ物になる。それを食べるのは男の人の見開かれた瞳で、私は瞬きで何度も咀嚼されながら、男の人の瞳にむしゃむしゃと食べられる。

 男性の視線を求めて、有里は紳士服のチラシから男性の目だけを切り抜き、自室の押し入れの天井にびっしりと貼り付けます。魔法少女とお揃いの銀色のステッキを持ち、不特定多数の男性の視線を一身に受けるその場所で、有里は幼いうちからこっそりと自慰行為に耽るのでした。

 中学生になった有里は「簡単にヤらせそう」という理由で不良の先輩に声を掛けられ、ついに行為に及ぶ日が来たのだと、期待を胸に先輩のアパートを訪れます。しかし、普段の自慰との違いや先輩の雑な愛撫に快感を得ることはできず、罵られながらアパートを後にするのでした。

私には小さな柔らかい穴があいている。とりえのない私は、二分の一の確率でたまたま自分についていた、その穴の商品価値に、浅ましくすがりつくしかない。ずっとそう思っていた。でも、私は失敗してしまったのだ。穴の付属品としてすら、私は出来損ないだったのだ。

 誰にも肯定されない、誰にも求められない自分を持て余しながら、有里は日々を不器用に生き抜きます。周りから浴びせられる心無い言葉や、暑苦しく恩着せがましい担任教師に、いつしか有里は破壊衝動を募らせるようになり……。性的価値心の拠り所とする少女をリアルに描いた、衝撃のストーリーです。

 

少女たちは、大人と子供の狭間で今日も揺れ動く。――『放課後の音符(キイノート)』(山田詠美)

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【あらすじ】
大人でも子供でもない、17歳というもどかしい一瞬を生き抜く少女たちは、恋の匂いや性への関心の間で、今日も揺れ動く。高校生は、大人が思っているよりもたくさんのことを考え、悩み、17歳という素敵な時間を過ごしている。大人と少女が混ざり合ったじれったい年頃の恋愛を描いた、気だるく甘酸っぱい短編小説集。

 第52回読売文学賞第42回川端康成文学賞などこれまでに数々の文学賞を受賞し、現在では芥川賞選考委員でもある山田詠美。どこか気だるくも爽やかで甘酸っぱい少女たちの恋愛を描いた、幅広い世代から人気の一冊です。

 主人公の友人・雅美は、アメリカンスクールに通う自由奔放な女の子。時折主人公の家に泊まりに来ては、スクールでの出来事を話します。アメリカ人の学生が通うスクールでは、に関してのトークも明け透けでした。

今、雑誌を開けば、どこにでもセックスに関する情報は出てる。だから、男の子も女の子も、それについての興味で、心の中はいっぱいだ。

 主人公は、雅美の話をどこか遠くの世界の出来事のように驚きながら聞きます。セックスや男の体についての生々しい話は、普段の学校では「いやらしい」と陰口を叩かれてしまうような内容。雅美が話す内容をいつか自分が実際に体験するなんて、想像もできません。

「そりゃあ、なくても生きて行けるけどさあ。でも、男の体って、女の心には必要不可欠なんじゃないかって、私、なんとなく思ってる。本だとか、香水だとか、そんなのって、生きのびて行くには必要ないけど、生きてるって実感を味わうには必要でしょ」

 ヴァージンなのにそんな大人びたことを言う雅美に、そんなものなのかしら、よく解らない、と首をかしげる主人公。17歳の初々しい気持ちを思い出せる、繊細瑞々しい感性を描いた小説です。

 

大人の女をひとりの少女へと変えた、情熱的な恋の奇蹟――『眠れぬ真珠』(石田衣良)

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【あらすじ】
版画家として孤高の人生を歩んでいた咲世子。カフェで出会った17も年の離れた若い男に惹かれ、恋に落ちてしまう。大人の女性だった彼女を一瞬のうちに無防備で繊細な恋する少女へと変えてしまった、情熱的で叙情的な恋を描く、大人のための恋愛小説。

 若者たちの生きる力に溢れた姿を描く小説と、ピュアな女性の心の動きを描いた女性小説。ふたつの性質を繊細に書き分け、人気の作家、石田衣良による作品です。ドラマ化漫画化もされている、代表作のひとつ。

 45歳の版画家・咲世子は、行きつけのカフェで体調を崩して倒れ、助けてもらったことをきっかけに、店員である28歳の素樹と知り合い、体の関係を持つようになります。
 普段セックスをする相手は、3歳上の既婚者の、ギャラリー支配人。攻撃的で激しい支配人とのセックスと、優しく慈しみに満ちた素樹のセックスを、無意味だとわかっていながらもついつい比べてしまいます。

奪うセックスと、分けあうセックス。人はよくセックスなんて誰としても同じだと、悪しざまにいうことがある。(中略)動物だってしているセックスのなかに、ちいさな工夫を加えて、快楽のバリエーションを導きだすこと。そこに人の性の見事さはある。

 欲望の行為でも、相手へのほんの少しの気遣いで、印象や快感は別物になります。心から愛しいと思える相手を見つけた咲世子は、まるで恋する少女のように素樹との関係を楽しむようになりました。自宅に届いた一通の手紙によって、幸せな環境が少しずつ崩れてゆくこともまだ知らずに……。大人の女性の性を鮮やかに描いた、究極の恋愛小説です。

 

抑えきれない衝動に煽られ、3人の想いは交錯する――『よるのふくらみ』(窪美澄)

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https://www.amazon.co.jp/dp/4101391440/

【あらすじ】
同じ商店街で幼なじみとして育ったみひろと、ふたりの兄弟。兄の圭祐と同棲しているみひろは、セックスレスに悩んでいた。ふたりの感情が行き違っていることに、長い間みひろに惹かれていた弟の裕太は気づいてしまう。男女の抑えきれない衝動によって、想いは交錯し、欲望は溶け合ってゆく。

 2009年に「ミクマリ」第8回女による女のためのR-18文学賞を受賞した、女性の欲望をリアルに描いた恋愛小説で高く評価されている窪美澄。女性の出産不妊など、人生において避けられない悩みを繊細に表現した作風が人気です。

 保育士であるみひろは、幼なじみで恋人の圭祐と同棲中。一定周期で必ずやってくる排卵期に、みひろは決まって欲情します。しかし、何度誘っても、圭祐は「そういう気分になれない」、「疲れているから」とみひろの誘いから身をかわしてしまいます。
 健康な体に本能的にやってくる欲を持て余し、みひろは人数合わせで参加した合コンで偶然再会した、圭祐の弟である裕太を誘います。兄とみひろの事情に気付いている裕太は、それに応えてしまいます。

圭ちゃんとのセックスがあれば裕太のことをこんなふうに思わなくなるのか、セックスさえできればそれが圭ちゃんの弟である裕太でもいいのか、考え始めると頭の芯がぼんやりと熱くなった。自分のなかに芽生えつつあるものが、恋なのか、それとも性欲なのか、私には判別できなかった。

 の狭間で揺れ動くみひろと、行為を拒み続ける圭祐。女性の本能的な欲によってかき乱されたふたりの関係は、次第に危うくなってゆく……。女性のリアルな欲と葛藤を描いた大人のための恋愛小説を、ぜひ読んでみてください。

 

おわりに

 今回は、美しい性奥深さに触れる小説5選を紹介しました。官能小説といっても、エロティックなだけではなく登場人物の心の葛藤美しく耽美な描写が楽しめます。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

初出:P+D MAGAZINE(2019/11/07)

◎編集者コラム◎ 『ロボット・イン・ザ・スクール』デボラ・インストール 訳/松原葉子
◎編集者コラム◎ 『ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集』森見登美彦