【著者インタビュー】三國万里子『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』/ハンドメイド好きに大人気のニットデザイナーが、大切で幸福な記憶を綴る

大人気のニットデザイナーが初めて上梓した話題のエッセイ集についてインタビュー!

【SEVEN’S LIBRARY SPECIAL】

「私は編み物でも文章でも、自分なりにしかできないんです」

『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』

新潮社 1650円

ハンドニットのデザイナーである三國さんにとって本書は初めてのエッセイ集。「はじめに」でこう記す。≪書いていて思ったのは、わたしにとって「書く」ことは「編む」ことと似ているということです。/書きたいこと(あるいは書かれることを待っている何か)を探し、拾いながら、物語の糸のようなものをたぐりたぐり進んでいくと、いつの間にか歩いた分の地図が作られ、しかるべきゴールにたどり着く≫。家族や現職以前の仕事、夫との出会いや子育て……大切で幸福な記憶をつづった29編。

三國万里子

(みくに・まりこ)1971年新潟県生まれ。「気仙沼ニッティング」および「Miknits」デザイナー。著書に『編みものこもの』『編みものワードローブ』『きょうの編みもの』『ミクニッツ 大物編・小物編』など。妹は料理家のなかしましほさん。姉妹の共著に『スール』がある。三國さんの前に座る人形は、本書カバーのためにロシアの作家サシャ・ルネヴァさんが制作したもの。三國さんの編んだニットを着ている。

同じ記憶を共有しながらも妹とは見ているものが違った

 言葉の一つひとつが的確に選ばれ、それでいて風通しのよい、すばらしいエッセイ集だ。
 三國万里子さんはハンドメイド好きに大人気のニットデザイナー。編み物の本は何冊も出ているが、エッセイ集は初めて。
「エッセイって論考ですよね? 自分ではエッセイというより、『お話』のつもりで書きました。新潟で過ごした子ども時代のこととかよみがえってきて、匂いや苺と一緒に食べてしまったありの味も思い出しました。すごく奇妙な味なんですよ。書くことを通してそういう経験ができたのも面白かったです」
 夫との出会い。両親や父方、母方の祖父母と暮らした少女のころ。生きづらさを感じていた中学生時代。子どもが小さいころのできごと。思い出すまま自由につづられているようで、なめらかな流れも感じさせる構成だ。
「もしかしたら、小さいころから続けていたピアノの練習曲の構成に影響を受けているのかもしれません。話の内容がどんどんずれていって、最終的には戻って着地するところとか」と三國さん。
 一つ違いの妹がいる。自分の記憶を確認するなかで、「食べものの記憶が驚くほど鮮明に残っている」と本の中に登場する妹が、NHK『きょうの料理』にも出演する料理家のなかしましほさんである。
「同じ記憶を共有しているところがありつつ、妹とは見ているものが違うんだな、とわかりました。私たち、ほんとに喧嘩をしたの。価値観のぶつけ合いで、生きるか死ぬかぐらいの喧嘩でしたね。ちょっと悔しいけど、私にとってはそのことも私をつくった大切な一部なんでしょうね。いまになれば、面白い人と18年一緒にいたんだな、と思います」
 編み物を仕事にして20年になる。早稲田大学第一文学部の仏文専修を卒業するが、進む道を決められず、就職はしないで古着屋のアルバイトやゲームショップで働いた。秋田の温泉宿で仲居をしていたこともある。
 祖母の手ほどきで編み物を始めたのは3歳のとき。学生時代は、東京・日本橋の丸善で、好きな北欧デザインの洋書を探した。
 編み物以外にも細かな手仕事が好きで、ずっと何かをつくっていた。
「お姉ちゃん何か出してみない?」。なかしまさんに誘われ、そのころ彼女が働いていたオーガニックレストランに、刺繍したナプキンやオーブンミトンを並べて販売するようになった。
「ひとつだけ、編み込みの指なし手袋を出したことがあって。『ほしい』と言ってくださる方がびっくりするぐらい多かったと妹から聞きました。私にとってはそのミトンをデザインして編むのは確かに大変だったんですけど、自分でも大変なことをやれば、こんなに喜んでもらえるんだと思うできごとでした」
 三國さんは29歳で、結婚して子どもを育てていたが、進む道が見つけられていないと思っていた。
 作品を楽しみにしてくれるお客さんが増え、展示の初日に人が並ぶようになり、お菓子と編み物の「長津姉妹店」(長津は姉妹の旧姓)をギャラリーを借りて開くようになった。
「自分をほんとうに懸けるようなことができるとしたら、そろそろ潮時じゃない?というタイミングだったので、小さかった息子が寝た隙に、せっせと作品を編み貯めました。幸せな時間でしたね」
 姉妹店の展示を見た編集者から、編み物の本を出そうと誘われる。「ほぼ日刊イトイ新聞(ほぼ日)」の取材も受けた。
 2011年3月、東日本大震災が起きたあと、「ほぼ日」で、三國さんの「編む一日」を中継した。その中継が、「ほぼ日」が立ち上げた東北の復興事業「気仙沼ニッティング」につながり、三國さんはデザイナーを引き受ける。糸井重里さんとアイルランドのアラン諸島(手編みのセーターが有名)にも行った。「ほぼ日」のサイトで販売する、初心者でも楽しめる編み物キット「Miknits」も手がける。
「次々に人と出会って、思いがけず人生が転がっていく感じで、編み物が私の仕事になりました」

書くことは自分への ご褒美でした

 今回の本も、「ほぼ日」の仕事で知り合い、友だちになっていたスタッフから、「何か書いてみませんか?」と声をかけられたそう。発表がどういうかたちになるか決めないまま、書き送ったそうだ。
「ひとつニット作品を納品したら、次の日は文章を書いていい日にしよう、と決めて、書くことは自分へのご褒美でした。楽しかったですね。
 前に別の出版社さんから、書いてみませんかと言われたことがあったんです。文芸の老舗出版社で、私、緊張しちゃったんですね。書けなかった。書いてはみたんだけど、どこそこに行きました、何をしました、何がおいしかったです、って小学生の作文みたいになってしまった。『私は文章が書けないんだ』って、自分でもショックでした。
 だから今回はそのリベンジの気持ちも(笑い)。読んでくれる相手が友だちというのは、コミュニケーションが苦手な私にとっては大切だったかもしれません」
 端正な文章からは、実年齢よりも少し上の書き手のような印象も受ける。10代のころから、岩波文庫の緑帯を読みふけってきたそうで、中勘助や、芥川龍之介、寺田寅彦が好きだと言う。
「繊細なようで野太い作風はニット作品と全く同じ香りと色彩」。帯に文章を寄せる吉本ばななさんがそう書いている。懐かしさと新しさ、クラシックとポップを同時に感じさせるのは、たしかに三國さんのニットと共通するかもしれない。
「ひとりの人間から出てくるものだから、自分の周りの世界を素材にして構成する作法は同じなのかもしれないですね。私は習い下手で、人のやり方ではできないんです。編み物でも文章でも、自分なりにしかできない。いろんなものを読んだこと、これまで生きてきたこと。書き始めるまでに、私にはその両方が必要だったんだろうなといまは思います」

SEVEN’S Question SP

Q1 最近読んで面白かった本は?
 いくつかあります。今日持っているのはこの本(デイジー・ムラースコヴァー『なかないで、毒きのこちゃん』)。チェコの国民的な画家で、絵もすばらしいけど、同じくらい文章がすばらしくて。最初洋書で買って、言葉の意味が知りたくて邦訳も手に入れて読みました。

Q2 新刊が出たら必ず読む作家は?
 気づくとその人の本ばかり読んでるということはあります。こないだはポール・オースターまつりで、その前は庄野潤三まつりでした。

Q3 座右の一冊といえる本はありますか?
 2種類あります。中勘助の『銀の匙』と、イタロ・カルヴィーノが編集した『イタリア民話集(上・下)』です。

Q4 最近見て面白かったドラマや映画、映像作品は?
 古い映画ですけど、『愛の嵐』。

Q5 最近気になるニュースは?
 いろんなことが継続的に気にかかっています。戦争にしても気候変動にしても。解決法が見えないですが、難民を支援する国連UNHCR協会や自然保護のWWFなどに定期的に寄付をしています。

Q6 何か運動はしていますか?
 してますよ。その日によって違うんですけど。こないだ平松洋子さんに、アシュタンガヨガをやってると伺って、YouTubeを見て私も始めました。他のヨガと違って運動量がすごく多く、汗だくになります。一畳ぐらいの広さがあればできるのがヨガのいいところです。

●取材・構成/佐久間文子
●撮影/浅野剛

(女性セブン 2022年12.15号より)

初出:P+D MAGAZINE(2022/12/13)

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