川村元気著『四月になれば彼女は』が描く、失った恋に翻弄される12ヶ月。著者にインタビュー!

胸をえぐられるような切なさが溢れだす長編小説。『世界から猫が消えたなら』『億男』の著者、2年ぶりの最新刊。その創作の背景を、著者にインタビュー!

【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】

『世界から猫が消えたなら』『億男』もベストセラー!著者2年ぶりの長編小説

『四月になれば彼女は』

四月になれば彼女は_書影

文藝春秋
1400円+税
装丁/鈴木成一デザイン室

川村元気

著者_川村元気_
●かわむら・げんき 1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、東宝にて『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『怒り』『何者』等ヒット作を多数手がけ、公開中の『君の名は。』は興収160億円を突破。10年、The Hollywood Reporter誌「Next Generation Asia」に選ばれ、11年には藤本賞を受賞。12年の初小説『世界から猫が消えたなら』は累計100万部を突破、続く『億男』もベストセラーに。180.4㌢、73.8㌔、A型。

合理性の対極にあるのが恋愛。そんな不合理なものを本気でやるから美しい

かねて結果を出す人ではあったが、こうも出し続けられると、畏れ入る他ない。
観客動員が1260万人を突破(10月25日時点)した映画『君の名は。』(新海誠監督)、『悪人』に続く吉田修一原作・李相日監督の『怒り』を企画・プロデュースした川村元気氏。そのさなかに書かれた最新小説『四月になれば彼女は』も、どこか世界観が重なる。
「『今は恋愛映画なんて中高生しか観ない』と言われていた中で『君の名は。』がこれだけ大人にも支持されたのは、『恋愛小説は売れない』と周囲に反対されながら恋愛小説を書くことに挑戦した僕に勇気をくれました。同時に吉田さんの『怒り』とどこか同じ気分を共有していて、怒りや誰かを愛する気持ちすら叫べないのが今だとしたら、恋愛できない男女を書く恋愛小説があってもいいのかなと」

表題はサイモン&ガーファンクル『April come she will』から。4月から翌年3月まで、結婚式を翌春に控えた精神科医〈藤代〉とその婚約者の〈弥生〉、さらに学生時代の元恋人〈ハル〉らの人生の交錯を追う。一見安定した関係にも潜む、〈変化〉や孤独が切ない。
「ポール・サイモンが4月から9月までしか歌わなかったので、その続きを書こうと。恋が失われた後をどう男女が生きていくのか」
同棲して3年が経つ藤代と弥生の間にも、既に恋と呼べる感情はなく、ここ2年はセックスもない。
「本書を書くにあたっては、30~50代の男女、約100人に取材をしました。まず恋愛感情はあるかと聞くと約90%が無いと答えたんです。そこで、なぜ無いのか、いつ無くなったのかを、延々と聞いて回った。すると、出会いがないとか、結婚して数年経てばあとは情だけだとか、恋愛や結婚が物凄く難しくなっている現状が見えてきたんです。
それでいて昔の恋愛話は熱く語る人が多かった。恋愛はかつてあって今は失われたものという温度は、僕自身わからなくもない。だったら同じことを1万人とか100万人が感じていてもおかしくないなと。僕はいつもそういう“見えない共感”に向けて映画を作ったり、小説を書いています」
2人が高層マンション28階の黒を基調としたリビングで、ワイン片手に観る映画が印象的だ。ミシェル・ゴンドリー監督『エターナル・サンシャイン』やスパイク・ジョーンズ監督『her』等、別れた恋人との記憶の除去手術や、人工知能との恋が可能になった近未来の男女関係が、〈すっかり消えたよね〉〈愛というか、恋というか〉と口に出せるほど空気と化した、彼らの日常に並走するのである。
「現にハリウッドでは従来的なラブコメや恋愛映画は〈現実に対する絶望〉が生んだファンタジーに過ぎないと気づいていて、捻れた構造を使わないと描けなくなった映画の中の恋愛がそれを観る2人の関係を逆照射し、読者の実人生にも侵入するメタ構造みたいなことをやりたかった。
オシャレな部屋に住み、お互いに〈嫌いなもの〉を共有する彼らは、いかにも雑誌に出てきそうな理想のカップルですよね。ところが相手の〈最適解〉がわかるだけに寝室は別になる。皮肉なことに合理性の対極にあるのが、恋愛なんです」

どんな関係も時間と共に変化する

むろん藤代にも熱い時代はあった。大学の写真部の後輩ハルとの恋だ。本書には彼女と〈好きなもの〉を共有し、結局はすれ違ってしまうまでの日々が、今もカメラを手に世界を旅するハルの手紙と共に綴られる。また弥生の妹〈純〉の思わぬ誘惑や、後輩医師〈奈々〉が異性を避ける理由、バイセクシュアルの友人〈タスク〉の女性観など、登場人物の数だけ恋愛観はあった。
「藤代に自分を重ねて慄く妻帯者は結構多いらしい。何もしない男とそれに苛立つ女の溝は、取材した限りかなり深そうでした。
ハルに恋した頃の藤代と、今の藤代では何が違うのか。どんな関係も時間と共に変化するのは宇宙の道理。ところがその残酷さに人は耐えられないわけで、実際にセックスレスに悩む人に『時間の仕業だから諦めろ』とは、僕は言えない。
恋愛の話って作者も読者も裸にされるし、せっかく蓋してきたものを墓荒らしのように引きずり出してしまう。でも結局は今を直視することからしか、何も始まらないとも思うんです」
現実への絶望がこれまで甘美な恋物語を生んできたとすれば、リアルな恋愛の今を取材し、絶望を前提にしてなお、もがき前に進む人々を描くのが川村流だ。
「例えば、経験値にないことを要求された俳優たちが、泣いたり喚いたりしながら、死力を尽くしている『怒り』の壮絶な撮影現場を見ながら、僕は『無様で何が悪い』って、改めて思ったんです。
恋愛なんて時間も感情も無駄に使うばかりですけど、僕らは無様でみっともないことを避け続けた結果、とんでもない下り坂を転がり落ちている気がしてならない。恋愛は気づいた時は手遅れの風邪みたいなもので、そんな不合理なものを本気でやるから人は美しいとも言える。そもそも恋愛ごときに悩む動物は良くも悪くも人間だけですから」
藤代たちが出した答えやハルが手紙に託した思いも、感じ方は人それぞれ。なぜ人間だけが恋をするのかという究極の問いに関しても正解は書かれていないが、「何かしら断片が刺さって、気づくと自分の一部分として沈着しているのが、僕が思ういい物語やいい恋愛なので」と、結論より結果を出すヒットメーカーは言う。

●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光

(週刊ポスト2016年11.18号より)

初出:P+D MAGAZINE(2016/12/01)

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