【2018年の潮流を予感させる本】『最愛の子ども』
性の柔軟な描き方が特徴的。女子3人の輪の中で繰り広げられるドラマを巧みな語りで描き出した傑作長編。 鴻巣友季子が解説します。
【ポスト・ブック・レビュー この人に訊け! 拡大版Special】
鴻巣友季子【翻訳家】
最愛の子ども
松浦理英子
文藝春秋
1700円+税
“さりげない”LGBT▼▼▼性差概念が自然に、だが根本的に変化する予感
最近、SNSで話題の動画がある。ニュージーランドの議員が同性婚反対論者を説得する、実にユーモアの利いた弁論で、彼はこう言う。「いいですか、愛しあう二人に結婚を認めるだけです。あなた方の生活は何も変わらない。明日も陽は昇り、生意気な娘さんには口答えされます。一方、彼らには限りない利点がある」
なぜ性的多数者は少数者の法的権利を認めることに難色を示すのか。そのことへの違和感をさりげなく表現した小説がこの一年ほど目立つ。それらの作品は「LGBT」を正面切って論じたりせず、むしろ問題化しないことに、問題意識の提起があると言えるだろう。保守派政治家たちが「LGBTも暮らしやすい社会を」と、実行する気のない公約を掲げる一方、文学者らは「LGBTが良いの悪いの言うこと自体がどうかしている、それは自然にあるものだ」と、静かな矜持をもって語りかけているようだ。
芥川賞を受賞した沼田真佑の『影裏』でも、ある男性の元恋人が男性であり、いまは女性に性転換しているということが、急にわかる。すると、今まで見えていた絵が微妙に陰影を深める。野間文芸新人賞を受けた高橋弘希の『日曜日の人々』は自殺志望者の自助組織を描いているが、同性愛者の存在が一つのキーとなっている。さらに、川上弘美の日常SF『森へ行きましょう』でも、高校生の淡い恋愛の先に意外な展開が待つ。
さて、2017年の国内小説のベストワンに挙げたいのは、松浦理英子の『最愛の子ども』だ。私立女子校のスクールカーストを背景に、女子三人の疑似家族的なつながりと、未分化のセクシャリティを描き、レズビアンとも判断しがたい関係を、「わたしたち」という集合意識を用いてギリシャ劇のように語る。
こうした性の柔軟な描き方はこれからも続くだろう。新しい元号の時代には、現実社会でも「性差」や「性の役割」という概念は根本的に変わっていくだろう。
(週刊ポスト2018.1.1/5 年末年始スーパープレミアム合併特大号より)
初出:P+D MAGAZINE(2018/01/24)