【著者インタビュー】箱根で悲願の初優勝を果たした東海大学陸上部の、もうひとつの駅伝/佐藤 俊『箱根0区を駆ける者たち』
お正月の風物詩であり、国民的行事ともいえる箱根駅伝。大勢の応援客のまえを華々しく駆けぬける走者の裏側に、走者に選ばれなかった部員たちの闘いがあります。第95回箱根駅伝で初優勝した東海大陸上部の4年生に密着した、胸を打つノンフィクション。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
走れなかった「最後の箱根」 東海大陸上部4年生たちのもうひとつの駅伝に密着したスポーツノンフィクション
『箱根0区を駆ける者たち』
1300円+税
幻冬舎
装丁/bookwall
佐藤 俊
●さとう・しゅん 1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒。出版社を経て独立、サッカーを中心に各誌紙で執筆。著書に『勇者の残像』『稲本潤一1979-2002』『中村俊輔リスタート』『宮本恒靖 学ぶ人』『越境フットボーラー』『駅伝王者青学 光と影』等。自身サーフィンやランニングを嗜み、現在は東京五輪に備え各種競技を取材中。「観戦するならボルダリングとか、新種目も面白いと思います」。175㌢、68㌔、A型。
マネージャー専任のスカウト枠があるのも適性を重んじる監督の教育的姿勢の表れ
刊行日は昨年12月20日。
つまり第95回箱根駅伝で東海大が青学大の5連覇を阻み、悲願の初優勝を飾る前から、『箱根0区を駆ける者たち』の著者・佐藤俊氏は結末を予期していた?
「下馬評では昨秋の出雲駅伝と全日本を制した青学優勢とみる声が圧倒的でしたけど、現3年生に〈黄金世代〉を擁する東海にも十分勝機はありました。
本書では前回総合5位に沈んだ当時のチームに密着。晴れて走者となった者とサポートに回った者のドラマを各区間に並走させて記し、平均視聴率30%を超すこの国民的行事の舞台裏に迫る。
例えば当時主務を務めた西川雄一朗は言う。〈自分らは、箱根0区なんです〉
そう。駅伝とは走者以外にも給水、付き添い、計測など、数々の裏方を要し、それを多くの場合は
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東海大では昨年の4年生のうち、〈区間エントリー、3名。0区エントリー、13名〉。特に一度も箱根を走ることなく裏方に回った者の思いは、察するに余りある。
スポーツライターとして活躍する著者には原晋監督及び青学陸上部の密着ルポ『駅伝王者青学 光と影』(17年)もあり、自身も青学出身。それが東海に鞍替え(?)するとなると、嫌みの一つも言われたのでは?
「確かに原監督には『お前、こっちの情報を流してないよな?』なんて茶化されましたが(笑い)、他校の情報は当然一切口外しません。
そもそも僕が駅伝に興味を持ったのも神野大地君が4年生だった16年の箱根で青学の強さに感銘を受けたのがきっかけです。ちょうどその頃、
青学・原監督が同陸上部専任の
「実は東海では規定タイムをクリアすれば何年生でも入部が許され、今回取材した4年生でも2、3年時に入部した子が少なくない。そこまで門を開く大学自体珍しいし、起用に関しても青学のように監督の〈勘〉などに頼らずタイムと実績でフェアに選ぶ大前提を学生と共有している点は、まさに
それだけに箱根を目標に励む学生に、〈サポート役をやってみないか〉と監督が切り出す瞬間が切ない。
「4年生への取材は去年の箱根後、改めて個別に行ないました。彼らはバイトもできないし、SからDまで実績がランク分けされる中、下位の学生は合宿費も全額自己負担。最後の箱根で走れないだろうことを、学生本人も薄々気づいてはいるんです。そのモヤモヤを腑に落としてくれるのが監督の言葉であり、実は救いになってもいると思う」
青春ドラマ的な予定調和はない
さて当日。主務の西川は朝3時に起床。1区に出走予定の關を大手町待機所に伴い、〈最後まで走るフリして行こうぜ〉と声をかけた。実は故障明けの關は
東海大は、箱根駅伝当日、平塚の望星寮が情報本部となる。0区の人員配置は女子マネ4年・鈴木すみれが部内の人間関係を勘案して割り振り、情報の集約や父兄の世話まで担うという。
「彼女は駅伝がやりたくて東海大に入学し、西川主務に至っては九州学院高校時代のマネージメント能力を買われてスカウトされている。僕が知る限りマネージャー専任のスカウト枠がある大学は他にないし、その辺りも適性や人間性を重んじる監督の教育的姿勢の表れだと思います」
他にも4区・春日千速のセコンド役に徹し、〈あいつの背中を見送ると、なんかジーンときました〉と語る田中将希や、給水役として春日としばし並走、〈一緒に走れたことがほんとうれしかった。春日、俺を給水に選んでくれてありがとー〉と笑う同期の廣瀬泰輔など、0区走者も悲喜こもごもだ。
「給水は任務が4つあって、(1)給水(2)監督の指示の伝達(3)前後のタイム差(4)自分の言葉で走者を励ますことなんですけど、廣瀬君は〈ごめん! 何も思いつかなかった。頑張れー〉と言って春日君を苦笑させるんです。感動的なことを言おうと思いすぎてしまって(笑い)。
もちろん部員同士の諍いもある。でも日常ではぶつかっても競技の面では認め合ったり、〈部活は教育〉である以上、いろんな人間がいていいというのが両角監督の考え方です。青春ドラマ的な予定調和が全く期待できないところも含め、とことんフツウの大学生なんです」
巻末掲載の進路を見ると、競技を続ける者や教師になる者など、人生はまだこれから。著者自身、プロとはまた違う学生競技の魅力に目覚め、黄金世代が4年になる来季や卒業生それぞれの成長を見守り続けたいという。
●構成/橋本紀子
●撮影/国府田利光
(週刊ポスト 2019年3.1号より)
初出:P+D MAGAZINE(2019/07/29)