【著者インタビュー】河崎秋子 『土に贖う』/北海道で栄え、廃れていった産業への悼み
北見のハッカ油、札幌の養蚕、根室や別海のミンク養殖など、北海道でかつて栄え、そして衰退した産業を描く、全7編の傑作集。
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
羊飼いとの兼業作家としても話題! 開拓期の北海道を舞台に今は失われし産業への誇りと悼みを骨太に綴る傑作集
『土に
1650円+税
集英社
装丁/アルビレオ 装画/久野志乃
河崎秋子
●かわさき・あきこ 1979年北海道別海町生まれ。北海学園大学経済学部卒業後、ニュージーランドで牧羊を学び、実家の酪農従業員の傍ら、
地に埋まっている、北海道に住む人々の過去の痕跡を小説を通じて発掘している
北見のハッカ油。札幌の養蚕。根室や別海のミンク養殖等々、かつて北海道で栄え、廃れていった、〈産業への悼み〉の短編集である。
自身、別海町出身の河崎秋子氏による大藪賞受賞後第1作『土に
多くは開拓民や労働者として流れ着き、幾ばくかの富をつかんだのも束の間、時代が変われば経済構造も変わり、全7編に描かれる大半は、
*
「うちは父が満州生まれで、新酪農村建設事業(73年)の時に脱サラで別海に移ってきた戦後組なんです。
地元の爺ちゃん婆ちゃんに聞くと、ここで昔は硫黄を掘っていたとか、金を掘ろうとして失敗したとか、過去の痕跡が方々に残っているんです。それも結構、ザツな感じで(笑い)。それって普通は
まず第1話「
桑の葉を刻む青々とした匂いや、幼虫が蛹となり、繭となって、美しい絹糸を生む神秘に彼女の心は躍る。そして
また第2話「
「特にミンクや水鳥の話は道内でも知る人ぞ知るマイナーな産業ですが、それを海外に売ってお金に換える流れは、止めようがないものとして近代以降存在した。その中で新しい産業を試しては失敗してきたのが北海道で、その時、ダメなら次、ダメなら次と、切り替えのスパンが短いところが人々の側にもあると感じます。
その根底には厳しい自然環境に対する耐性があるのかもしれません。元々アイヌの方々が暮らす土地に和人がやってきて、まだ150年ですからね。産業の1つや2つ、なんてことないという、
生物のようにうねる「産業」
そして表題作の舞台は、昭和26年の江別・野幌地区。流れ流れてこの〈レンガ場〉に辿り着き、先ごろ頭目に抜擢された〈佐川吉正〉は、緊張した毎日を送っていた。野幌の赤く硬い土を成形し、高温で焼き上げるこの仕事は、熱く、重い、重労働だ。彼自身、以前は下方を務め、今では妻と2人の息子にも恵まれたが、何かと訳ありな下方を束ね、増産一方の会社側の要求に応えるのは、それはそれで骨が折れた。
そんな中、初老の新入り〈渡〉が心不全で突然死する。彼は遺族に
そして、せめて子供には教育をと決意して数十年。彼の次男〈光義〉は、大卒後に入った道内有数の大銀行が経営破綻。行き場のない〈怒り〉を野幌の土を使った陶芸にぶつける光義の再起が最終章「
「例えば同じ戦後開拓組でも借金で首が回らなくなったり一家離散したりで、残った人は半分に満たないし、国とか偉ぶった連中の言うことを鵜呑みにするのは危険だと私も常々思います。現場も知らずに、よく言うよ、と。
むろんトライにエラーはつきものです。でもそれを全くなかったことにするのはフェアじゃないし、彼らが自分の仕事を誇りにした
そういう担い手の思いを超えて経済なり産業なりが、意志を持った生き物のようにうねっていくからおっかないのですし、今ある産業も決して盤石ではないんだと痛感させられるニュースが、今あまりにも多いので」
人々が辛抱に辛抱を重ね、日々を生きた
●構成/橋本紀子
●撮影/三島正
(週刊ポスト 2019年10.18/25号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/04/19)