【著者インタビュー】西岡研介『トラジャ JR「革マル」三〇年の呪縛、労組の終焉』/事故や不祥事が続発するJRで何があったのか
JR東労組で発生した3万5000人に及ぶ大量脱退劇や、2011年と2014年に社長経験者が2人も自死したJR北海道の闇についてなど、歪んだ労使関係に迫った渾身のノンフィクション!
【ポスト・ブック・レビュー 著者に訊け!】
元社長2人と組合員の謎の死 事故や不祥事の続発――JR北海道では一体何があったのか 歪んだ労使関係に迫る超弩級作
『トラジャ JR「革マル」三〇年の呪縛、労組の終焉』
2400円+税
東洋経済新報社
装丁/秦 浩司(hatagram) 装画/タダジュン
西岡研介
●にしおか・けんすけ 1967年大阪市生まれ。同志社大学法学部卒。神戸新聞社時代は阪神・淡路大震災や神戸児童殺傷事件等を取材し、98年『噂の眞相』に移籍。森喜朗首相の買春検挙歴のスクープ等で「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」を2年連続で受賞。その後『週刊文春』『週刊現代』記者を経てフリー記者となり、08年『マングローブ』で第30回講談社ノンフィクション賞。著書共著に『襲撃―中田カウスの1000日戦争』『百田尚樹「殉愛」の真実』等。163㌢、66㌔、A型。
取材の中でえげつない話を知った以上不正義に目を瞑ることはできなかった
人の命より組織の論理、乗客の安全よりも労使間のメンツや力学が優先された本末転倒この上ない闘争と、その〈終焉〉は、果たして何を意味するのだろう?
JR東日本労組初代委員長・松崎明や非公然組織・革マル派による専横の実態を暴き、講談社ノンフィクション賞を受賞した一方、数々の訴訟にも見舞われた『マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』から早12年。西岡研介著『トラジャ―JR「革マル」三〇年の呪縛、労組の終焉』は、先頃JR東労組で発生した3万5000人に及ぶ大量脱退劇や、11年と14年に社長経験者が2人も自死したJR北海道の闇についても数々の新証言で迫った労作だ。
ちなみにトラジャとは、国鉄出身で革マル派党中央に送り込まれた精鋭を意味し、これがマングローブと呼ばれる各JR内の秘密構成員約150名を指揮して、松崎が唱える〈積極攻撃型組織防衛論〉を内側から実現していったという。
その一々大仰なネーミング自体、時代錯誤な印象を拭えないが、今や若年層の〈組合アレルギー〉は看過できない段階にあるといい、「JRの闇は深い、で終わってたらアカンのです」と西岡氏は言う。
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「元々前作を書いた時から、JR北海道のことも取材はしてたんです。でも結局は連載も本も
その3年後、今度は坂本眞一相談役まで亡くなった。16年頃に僕が他の仕事を全部片付けて北海道に飛んだところ、今度は2年後に東労組の大量脱退が起きた。この一連の流れの中で、北のことも12年越しに本にできたといえます」
本書冒頭ではその大量脱退劇の詳細を。続く第1部と第2部では国鉄分割民営化(87年)以来、東労組が宿命的に抱えた革マルの呪縛や全てを牛耳った松崎の死、その革マルにも「JR革マル」と「党革マル」があり、内ゲバや拉致監禁すら横行した知られざる裏面史を、内部資料や元マングローブらの証言を元に検証する。
「よく東労組=革マルだと、国会でも一緒くたにされてましたが、労働者出身か学生出身かで性質も全然違うし、松崎氏が『俺らは革マルではない』と言っていたのはある意味正しいんです。
ただその違いを地の文で
そして第3部「JR北海道『歪な労政』の犠牲者」では、JR随一の経営難や事故の頻発に喘ぐ北の病巣に、いよいよメスを入れる。
ちなみにJRでは〈オープン・ショップ制〉と言って、かつての国労、動労のように複数ある組合を自由に選べるのが建前。が、その結果、不毛な〈労労対立〉を生んだのも事実で、社員の8割が加入するJR北海道労組では、〈北の松崎〉とも称された佐々木信正委員長らが他労組との〈平和共存否定〉を方針に掲げ、個々人の交流にも介入した。例えばある組合員は、別の組合に所属する友人に結婚式の発起人を頼んだことで執拗な追及や妨害に
「ところが、今こそ組合の垣根を超えて話し合おうと主張したある分会書記長がそれを〈組織破壊行為〉と見なされ除名され、不慮の死を遂げたり、真っ当な人ほどパージされるんです。JR北は06年にも非JR北海道労組員への〈「異常」な人事〉に関して不当労働行為認定を受けているし、松崎イズムを踏襲した佐々木体制や異常な労使癒着の先に、レール検査結果の改竄やATSの破壊、2人の社長の死もあったように思う」
組合脱退者の権利を守れるのは誰か
そもそも西岡氏がJRの労組問題を追い始めた動機は「面白半分」だったとか。
「『週刊文春』記者時代、当時存命だった松崎氏(10年没)がハワイにコンドミニアムを2軒も持ってるいう話を聞き、は? 反帝反スタ掲げる革マルの頭目がハワイかい、おもろいやんけ、というのが発端。しかも警視庁公安部が近々その件で松崎氏を挙げるという情報もあり、これは面白
ただいざ取材を始めると、組合員イジメとか粛清とか、おもろない話ばっかり出てくるんですよ。安全なんか二の次の組合も、その組合と結託して保身に走る経営側も、闇と呼ぶのも悲しいくらいお粗末で腹立つし。そんなえげつない話を知ってしまった以上、不正義に目を瞑ってネタだけ書いてたらあかんと思った」
そのうんざり感が先般の大量脱退に繋がったとして、彼らの多くは他に移るでもなく、今も無所属のままだ。
「この脱退劇自体、当時の冨田哲郎社長がスト権行使を通告してきた東労組に全面対決を挑んだことに端を発する。〈労使共同宣言〉の失効を通告し、民営化以来の癒着を断ち切った会社側の強硬な態度が、組合員の背中を押したともいえます。
中には月約8千円の組合費が浮いたことを〈破格のベア〉と喜ぶコもおったし、嫌われる原因は時代遅れな闘争を繰り返した側にある。だからって本当に組合なしでいいのか?って話なんです。脱退者の半分は社友会にも入ってなくて、宙に浮いた1万7千人の権利を本当に官製春闘や労基署が守ってくれる保証もない。健全な労使関係なしに健全な経営は望めない以上、会社も五輪明けくらいには何かしら動くとは思うけど、人と人が分断されてた方が楽なのは統治する側ですからね。今、自分の頭で考えなくて、どうすんねんと」
実際、非正規や外国人労働者など、あらゆる分断を超えた労働運動のあり方が今ほど問われている時代はなく、全ての働く人に活を入れるような1冊でもある。
●構成/橋本紀子
●撮影/黒石あみ
(週刊ポスト 2019年11.8/15号より)
初出:P+D MAGAZINE(2020/04/30)